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街づくり、再生の難しさ。

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地方の中都市へ行くと、JRの駅周辺や、地方鉄道の駅周辺がさびれたようなアーケードー街になっているケースがままある。おおむね駅に乗降客が多かった頃、栄えた商店街だったという場合が多い。現在も町の行政関係の機関や施設が近くにあってもそんなに栄えているというイメージはない。
お決まりのように、車の普及によって駅の利用者が減った。若い層が都会へ転出し、若い来街者が減った。近隣に大手量販店の出店があったり、ショッピングモールができた、などなど、同じ様な理由で商店街が衰退したと地元の人は嘆く。

商店街やショッピングモールというのは、いったん店が退店し歯抜けになりそのままになっていると、それがどんどん波及し、歯が抜けていくように、店がなくなっていく。大都市圏の来街者数がある程度に達しているエリアなら、新陳代謝も活発で店の入れ代わりもあるが、そうでない地域は、そのまま放置すればシャッター商店街まっしぐらである。
良くて、コンビ二エンスストアやテイクアウトの外食チェーン、居酒屋チェーン、カラオケ屋、ゲームセンターが穴埋めをする。しかし、チェーン店は売上がすべてであり、町に愛着があってビジネス展開するわけがないので、すたれはじめた街には興味がない。チェーン店にも見放された町は、ただみじめである。ほどなく廃墟と化す。

シャッター通り商店街には、共通点があるように見える。「昔は地域一番の商店街だった。」とか「夕方や土日は買い物客であふれていたものだ。」というようなかつて流行った、繁栄の成功体験のある町が多い。
確かに、電車から車へのモータリゼーションの変化、産業の転換、変化による大規模事業所の移転など、絶対的な来街者数の減少が見られる地域もある。

ではそのすたれはじめた状況に商店街の人々が手をこまねいて、枯れ木を見守っていただけだったのか。いや彼らとてそれなりの手、振興策を打ってきた。イベントや商店街セールやお祭り、芸能人を呼んだり、コンサートを開いたり。しかし結局実にならず、シャッターはじょじょに閉じて開かなくなった。何が原因なのか。原因は、いつも近郊のショッピングモールや大型量販店だと決めつける。

よくよく見ていると、1)成功体験が染みついている 2)店を閉めても食べていける 3)イベントを打っても当事者意識がない 4)町づくりの理想は語っても、自分の店は変える気がない 5)アイデアは欲しがるが実行する気がない 6)リーダーが必要と言うが、実行段階でリーダーに反発する などなど、商店街の方々のネガティブな面しか見えてこない。自分たちは頑張っているのに仕方がない、自分たちの責任じゃない、というような被害者意識が根底にある。

商店街は成長するし歳もとる。努力して格好よく年齢を重ねればいつまでも人気者だ。しかしそのままであれば、醜く、老いさらばえていく。自分たちがいくら頑張っても、お客様、来訪して頂いた方々に満足していただけなければ戻って来てはくれない。それに満足度や満足する内容は時とともに変化する。
成功体験のあった商店街は、知らず知らずのうちに本当に大切なお客様を満足させるすべを忘れてしまったのではないか。

ロスアンジェルス郊外、サンタモニカ市の南側にヴェニス地区にアボット・キニ―通りがある。ここ数年で急にトレンディ―エリアに生まれ変わった地域だ。お昼は、小さな子供連れのオシャレなヤングマダムが連れ立って歩いている。夜は流行りのオーガニックレストランやカフェが大賑わいだ。ブティックやアートギャラリー、アクセサリーショップやファニチャーショップが並ぶ。ほとんどすべて古い住宅や建物を改造した店舗だ。
今でこそLAのオシャレな街として観光客も多いが、ほんの10年前まではひどい街だった。20年くらい前は、夜は決して近づきたくない街だった。
古くはベニス地区の住宅街で、比較的ビーチに近く明るい雰囲気の街だった。それが次第に、いわゆる町の不良がたむろするようになり、ギャングの諍いが起きるようなエリアになった。当然、まともな人たちは街を去り、ビジネスなどできる環境ではなくなった。その後町の再生計画もあり、次第にショップが生まれてきた。
再生のはじめは、小さなブティックやアンティーク家具屋やアート系のショップの出店だった。けっしてメジャーな店が出たわけではなく、個人の小さなオシャレなお店がはじめだった。その後少しづつお店が出店し、ある時点から街全体のオシャレ度がアップしてきた。オシャレ度は、お店と来訪する人々によって作られていく。

街は人間そのものだ。少しの行動やその積み重ねで変わってくる。逆に放っておけば退廃につながる。
日本の地方でも、再生に成功した町は存在する。いずれの街も当事者意識を持った人々が行動を起こし、少しの行動から小さな事を始めて、素晴らしい街に仕上げた。彼らはそれがゴールだとは思っていない。

残念ながら我が町は、それに気づいてもいない。こころある人々は「退廃の極致に達したほうがいい。そうしないと本当に再生しない。」と諦め顔で話す。
当事者達は、「どうせ退廃の極致に達する頃までは自分たちはいない」とたかをくくっているのだろうか?P3210175.jpg 生まれ変わって、LA有数のオシャレなエリアになったアボット・キニ―通り。
 
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