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トップランナーの自立

今年の東京マラソンは、藤原新選手の快走で幕を閉じた。皇帝、ゲブラセラシエにはかつてのような凄みのある走りはなかった。残念ながら市民ランナーの星、川内選手にはいつもの粘りの走りは見られなかったが、きっと彼は復活してくるだろう。

最近の長距離エリートランナーの、キャリアコースは、おおむね駅伝の強豪高校を出て、箱根駅伝出場の大学駅伝部もしくは長距離チームを経て、実業団チームに所属というパターンだ。しかし、藤原、川内両選手のように実業団チームや何処にも所属しない選手が活躍するのは皮肉であるが、一つの傾向かもしれない。

よく言われるのは、実業団チームにあっては、数々の駅伝レース出場が義務づけられ、マラソンだけのトレーニングや調整ができないということだ。
日本では、駅伝が盛んに行われる。それにより、駅伝がスポーツとして進化している。そのため、考えられるのは駅伝が同じ長距離走スポーツとして、マラソンとは違った性格を持ってきているのではないかということ。
駅伝は、距離にしてはだいたいハーフマラソン以下。長距離ランナーからすれば一気に走り切れる距離でもある。そのためにマラソンとは違ったトレーニング法になる。だから実業団の選手は、マラソン一本に注力できないという推測である。たしかに、駅伝がマラソンとは似て非なるスポーツになっていくという可能性はある。サッカーとフットサルがそうであるように。
しかし、それでは日本の大学駅伝チームや実業団チームを経て、世界に羽立って行ったケニアの選手はどうだったのか。彼らは、日本人選手と同じ練習をこなし経験を積み、何人かの選手は世界一になった。これを説明することはできない。

彼らにあって、日本の実業団選手に欠けているもの。それは自分で戦い抜くという気持ちではないだろうか。彼らは、チームに所属していても、やはり個人として強くなりたいという意識が強いのだろう。その点は、藤原選手、川内選手に共通するマインドかもしれない。
厳しい言い方だが、そういったマインドが日本の実業団選手に欠けているのではないか。藤原選手や川内選手には、瀬戸際感がある。このレースで勝てなければ、結果を残さなければチャンスはない。その瀬戸際感、勝負へのこだわりが実業団所属の選手にあるのだろうか。

個人として自立し、レベルアップを図る。そういったトレーニング環境やマインドを選手に培っていかなければ、実業団チームは単なるぬるま湯集団と化して、世界基準の選手は育たない。企業が、マラソン、駅伝ブームに便乗し、ランニングチームをつくりプロモーションに利用しているだけとしたら。そうでないことを望む。
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