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ことしのスポーツ大賞はやっぱり なでしこジャパン

個人的には今年のスポーツ大賞は、やはり「なでしこジャパン」だと思う。
近年、女子のスポーツ人口が増え、日本のオリンピック選手団でも女子選手数が男子選手数を上回っても、女子スポーツを巡る環境は選手にとってそれほど恵まれているとはいえない。もちろん日本では一部競技の選手を除き、男子のトップ選手でも恵まれているとはいえないが。
そんな状況でありながら世界一に輝いたのは、打ちひしがれた日本の、多くの人々に勇気と希望を与えてくれた。

決勝で相対したアメリカだが、女子サッカー界においては正に横綱だ。はっきり言って日本は、アメリカが横綱なら前頭レベルだ。サッカーはアメリカでは女子No1球技系スポーツである。バレーボールでもなければバスケットボールでもない。男子にとってのフットボールに匹敵する。

運動神経のいい、元気な女子はサッカーをやるといっても過言ではない。女子サッカーの競技人口もはんぱではない。
シーズン中のアメリカの週末の公園や学校のフィールドでは、サッカーの試合が行われている。よく見るとサッカーの試合はほとんど女子の試合。小学生からかう高校生レベルまで元気な女子サッカープレイヤーがボールを追いかけている。

優秀なサッカー選手は、大学からスカウトされるし、女子プロサッカーリーグには、世界からトップ選手が集まる。我が日本が誇る、女子サッカー界の至宝、沢選手もアメリカのプロサッカーでもまれ世界レベルの選手になった。
アメリカの女子サッカー界は、日本と比べものにならないほど大きく、裾野も広い。その頂点に立つアメリカナショナルチーム勝ったのだから、「なでしこ」は凄い事をしたわけだ。

なでしこは、世界の女子サッカー界のトップチームにあって特異な存在である。他のトップチームはおしなべて、同じスタイルのサッカーをするし、体格も大きい。
大雑把な言い方だが、1対1を制しつつロングボールをFWに放り込み、それを直接もしくはつなげてゴールを狙う。また、スピードをベースにドリブルなどで一気にゴールへ迫る。そんなサッカーの頂点がアメリカのサッカーだ。

一方なでしこは、ボールコントロールの高さをベースに、パスで攻撃を組み立て、サイドもしくはセンターから組織力でゴールを目指す。マンツーマンでの弱さは、組織的守備とスタミナと、ひるまない勇敢さでカバーする。古典的な言い方だが、個人対組織、パワー対パス、そんな図式の中でなでしこは世界を制した。

欧米の強豪チームにあって、なでしこは戦いにくいチームだったのではないだろうか。パワーサッカーの欧米チームとって、疲れ知らずでこちょこちょ動き回り、パスを回すサッカーに、わかっていても戸惑いがあったのでは。
ここがなでしこサッカーの真骨頂で、勝利の大きな勝因があったのだ。諦めないスピリットと自らの優位性と特長を信じ、活かしきる信念と戦術、それが素晴らしい結果を生んだ。
これは女子サッカーのみならず、これからの日本と日本人の生きる道に大いなる成功例を示してくれたように思う。
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トップアスリートの知的作業

先日テレビで興味深い番組をやっていた。達人に学ぶ感覚、五感の高め方という内容だった。
紹介されていた達人は、達人というより天才的感覚の持ち主の、超人だ。
一人は、全盲の人だが対象物の形状や位置などを目で見ているがごとく、認知、判断できる人。二人目は、ワインの本場イタリアで最高といわれている日本人ソムリエ。風味を嗅ぎ分ける臭覚が飛びぬけて優れていると称賛されている方。三人目は、視野が比類なく広いと言われている日本最高のミッドフィールダー、サッカーの中村俊輔選手だ。

どの方も我々凡人とは違った、はるかに優れた感覚,感性の持ち主だ。その能力は、超人的ともいうべき能力に起因しているかに思われるものだ。
番組ではそれぞれの方々が、その優れた感覚、感性を発揮しているときの、脳の働きを調べていたが、やはり常人とは異なる脳の領域を使っていることが解ったのだ。そうかやっぱり彼らは我々とは違うんだ、と納得させられた。

しかし、「本当の秘密はそれが、先天的でなくて後天的に、ある種トレーニング的な日常活動で培われてきたのではないか」という推論がなされていた。それは、凡人でもその能力を高められるという期待を抱かせてくれるものだ。

その高め方だが、優れた感覚そのものを高めるトレーニングというより、感覚するという事を、知覚する作業、ロジカルな作業に置き換えてメモリーし、それを増やしフィードバックしてその感覚をさらに高めていくとうトレーニングを行っているようなのだ。

最高の日本人ソムリエ氏は、嗅ぐ、味わうという行為を頻繁に行いながら、それを様々な言葉、語彙に置き換えていた。そして語彙そのものを増やしていた。臭い、味わいを言語に置き換え、それによりさらに感覚を研ぎすましているのだ。

中村選手も、練習、練習、試合に明け暮れながら、その内容を必ず記録し、言葉に置き換え、その経験を記憶として増やしていく。それによって感覚を研ぎ澄まし、試合中などで並みのプレイヤーでは思いもよらぬパスを生み出している。中村選手は、その、視野を広げてパスをだす事は、考えてでるのではなく感覚的なものだと表現していた。

そういえば、日本のサッカーのエース、本田選手も練習内容を逐一記録して、レビューしているらしい。一流のアスリートは、もしかすると、運動能力やセンスという感覚的な能力だけで語られがちだが、体に刷り込ませるフィジカルトレーニングに加え、それで得た情報をロジックな作業で記憶という形で脳に刷り込み、さらに運動最中の感覚のなかでフィードバックしているのではないか。フィードバックとは中村選手のいう感覚的なものであるかもしれない。

トップアスリートは、運動能力という体の感覚的なものだけで最大のパフォーマンスを発揮し得るのではなく、それを積み重ねる知的作業を併せて行い、ネクストレベルに生かして、パフォーマンスを高めている。
感覚的、論理的、感覚的な作業を繰り返し、さらに能力・パフォーマンスを高めていけるのがトップアスリートなのだろう。

クリスマスデー

90500086.jpgWe never forget
クリスマスデーミサに参加した。ここ信州上田でもブラジルから働きに来ている人がいらっしゃるので、特別に日本語とポルトガル語でのミサが行われた。
異郷での母国語でのミサの間、母国ブラジルの真夏のクリスマスの光景を思い描きながら、どんな祈りをささげたのだろうか。

クリスマス、年末を迎え今年を振り返る時期にきた。今年は、日本中のだれしもが、心を痛め、言い知れぬ無常観に浸ることになった。自分にとっても今年は、親の死に目に匹敵するほどの、とてつもない出来事が起きた。

被災した友人と連絡が取れた3月20日頃。キャンプ道具一式と10日間分の水、食料、シャベルなどの気が付いた必要備品を用意した。
大船渡の友人に手伝いに行く旨と話したところ、「すぐには大丈夫だから、少し待ってくれ。手伝いの受け入れができたら連絡する」と返事があった。
その後、陸前高田出身の友人と話をした。友人は東京で生活しているが、生家をすべて失い、地元の親戚2家族が犠牲になった。本人は、「地元に先日戻ったがすべて何もなかった。親戚の叔父、叔母は助かって避難所にいるが、ことのほか明るく、訪問した事をすごく喜んでくれたんです。」「もしチャンスがあれば現地へ行ってほうがいい。皆とても喜びますよ。」と話してくれた。

4月末、大船渡の友人のところへ手伝いにいった。周辺の瓦礫の撤去と掃除が目的だ。飲料水を500ℓほど詰め込み、現地へ向かった。早朝東京を出て、午後2時過ぎに到着。東北道を北へ向かい、水沢インターで下車。
途中、自衛隊のトラックに頻繁に出会う以外、のどかな気分の奥州路を満喫しながら大船渡へ。大船渡警察所で、友人と落ち合って、現地へ向かう。多少周囲の慌ただしさを感じながらも大船渡港方面へ車を走らせる。

しかし、それから様相が一変した。この世のものとは思えぬ世界が、忽然と、目の前に広がってきた。自分も、同行した息子も言葉がでなかった。
「これは夢だろ。夢であってくれよ。」多くの人々が発した同じ言葉が浮かんだ。
夕暮れの港町は焦土と化していた。人気のない街に1本の幹線道路だけに、車が行きかっていた。

友人は、初めて連絡が取れた時、「何とか大丈夫だよ。心配しないで。」と答えた。
しかし、今その場に立って、友人や彼の家族や周りの人々の話を聞いて「全然、大丈夫じゃなかったんじゃないか。」そのことに気付かされた。友人は、父親を失い、生家も失った。家族も命からがら、裏山の神社へ逃げ難を逃れた。
彼らの言う大丈夫は、「生きていたから大丈夫」なのであり、それは「紙一重で生き延びた」ことであった。死の淵がそこまで迫っていた。その大丈夫は、生きているからこそという健気さにあふれた言葉だった。
廃墟を目の前にしていると、無性に悔しく、むなしく、涙がでてきた。
いったい俺たちの存在は何で、何ができるのだろうか?

数日間の滞在だった。大した手伝いではなかったかもしれないが、少しは喜んで頂けたのではと自己満足した。陸前高田の友人が言った言葉を思い出した。「現地の人は、来てくれるだけでも喜ぶよ。是非行ってあげて」

実は行ったことで、自分にも得る事があった。これは失われた御霊や多くの犠牲者に失礼な事かもしれない。しかし、行ったことで、これからの自分の人生、生きる価値を頂いた気がする。

現地では、身を捧げる思いで、復旧に、被災者ケアに、遭難者の発見に、日々奮闘する自衛隊、警察官、地元や遠くから駆け付けたボランティアなどにお会いした。それぞれがそれぞれの思いで、災害復旧にまた自分自身に向かいあっていた。

その姿には、悲しさのなかでも「人の尊さ」を垣間見れた。嬉しかった。そんな気持ちで、数日間のお手伝いを終え東京に戻ってきた。

そして、東京で感じたもの。
今度は醜い人間の性だった。ほんの少しの放射能におびえ、本当に困っている福島の罪なき人々を踏みにじる、都会の人々であり、それをあおるメディアであった。とにかく悲しかった。
これまでの原発政策には疑問を感じるし、これでは未来が危ういと思う。また、東京電力はかくも酷く、むごい罪を犯した。それは何年かかっても糾弾されるべきだ。
しかし、過剰な反応をして、ヒステリックになる事で、本当に被害を被った人々に、追い打ちをかけるようにそれを増幅させる。どこか自分たちだけは、助かりたいという醜い人間性が見え隠れする。
遠くにいても思う事、できる事はなんだろうか、と今一度考えられないのだろうか。

しかし、今日のクリスマスにすべてを受け入れて行かねばと思う。今年のすべてを心にしまい、明日への糧にしていく。失われたものより、残して頂いたものを大事にして今日を大切に生きていく事を、大船渡の街は教えてくれたのだから。
90500074.jpg瓦礫の間を明るく通う女子中学生。明るく元気よくかわす挨拶が気持ち良く、うれしかった。

新しいワインカントリー 東御市

ぬーぼー
信州、東御市。現在住んでいる上田市のお隣の市だ。
この東御市がいまオシャレに変貌しつつある。
東御市は、平成の大合併で、東部町と北御牧村が一緒になって誕生した。このエリアは、上田市と小県郡をあわせた上小地域や東信地域と呼ばれてきた。東御市は、浅間山から連なる、烏帽子岳、湯の丸山の中腹から麓に位置している。

かつての東部町(東御市の母体)は、本当に田舎の山村であった。
自分の父方の祖父母、祖先の地であったため、お盆やお正月には祖父母を訪ねて行った。お盆はともかく、正月の里帰り訪問はそれなりに大変だった。
東京からは信越線の急行で上田へ行き、上田駅で信越線の普通列車に乗り継ぎ、1駅戻るかたちで大屋駅に行く。だいたい家族で向かうので、そこからはハイヤーに乗る。家族5人で、ブルーバードなどの中型ハイヤーに乗り込み、ぎゅうぎゅう状態で烏帽子岳の中腹まで登っていく。
降り積もった雪の為、ハイヤーは、祖父母の家の前まで行けないので、手前の谷の反対側で降りて雪の小道を谷まで折りて、沢を渡ってたどりつくのである。

かつて、弟の嫁さんが、彼女は横浜生まれの横浜育ちの都会っ子だが、弟に連れられて初めて行った時に、余りに田舎なので言葉を失い黙ってしまった、という事もあった。それほどかつての東部町は田舎の寒村だった。豊かな自然に溢れた山の斜面の地域で、秋口にはリンゴや木の実をあさりにツキノワクマが頻繁に出没した。

それが、長野自動車道や長野新幹線の開通により様相が変わってきた。しかし、それは当初は、車の普及もあわせて、昔と比べはるかに便利になったくらいの事で、他の田舎が変わってきたのと大差ない変化であった。

数年前、久しぶりにこの地を訪れて、ぶどう畑が広がる中に、なにか雰囲気の違う、おしゃれな建物を見つけた。それはワイナリーであり付属の施設、ショップでありレストランだった。どこかで見たような風景であった。カルフォル二ア、サンタバーバラのワインカントリーのようであり、ニュージランド、ネピアのバインヤ―ドようにみえた。
そこのパーキングには首都圏ナンバーのベンツ、BMWが止まっており、ワイナリーやレストランンには落ち着いた感じの中高年ご夫妻が訪れていた。それが、画家でエッセイストの玉村豊男さんのヴィラデストガーデン&ワイナリーであるのは、その時初めて知った。ちょうど玉村さんは、レストランのギャラリーにいた。

最近、東御市を訪れてみるとさらにいくつかの小さなワイナリーが生まれていた。かつてはキャベツやトマト、リンゴなどの栽培は行われていたが、最近は巨峰などのブドウの栽培が盛んに行われている。とくに巨峰は、地元の特産にもなっている。

質の高いブドウの生産地という利点を生かして東御市では地域活性化政策としてワイン特区という制度を設けた。これは、酒税法上の規制を緩和して小規模でもワイン醸造が行えるというもので、これによりこだわりのあるワインをつくりたいという人達がこの東御市でワイナリーを興し、ワインづくりをはじめたのである。
「今現在、日本でワインに適したいちばん質の良いブドウは、ここ東御産と北海道産なんですよ。」「山梨のワイナリーへもここからブドウを供給しているんです。」とマイクロワイナリーのオーナーは語っている。

そのなかの一つ、Hasumi Farm & Wineryに行ってみた。ここに行くのは3回目だ。オーナーは蓮見さんという多分30代後半くらいの方。6年前に当地に移り住みブドウの栽培を始めて、東御市のワイン特区制度を利用し、昨年ワイナリーを興した。

前回は、シャドネ―とメルローを購入したのだが、美味しかったので、今回も収穫のシーズンも終わったので、何かあるだろうと思い、寄ってみた。期待通り、今年とれたブドウの新酒、ヌーボーがあるというので、早速購入した。ワインというよりスパークリングワインで、まだ熟成中という感じ。いかにも今年のブドウという味わいの、爽やかな風味のワインだった。メルローのスパークリングは初めてだったので新しい味を賞味できた。

蓮見さんは、もともと国内のワイナリーで経験を積み、理想のワインづくりを目指して独立した。 現在奥さんとほとんど2人3脚でブドウ園とワイナリーを経営・営業している。「周辺にはマイクロワイナリーがいくつかできたので、Napa Valleyじゃないけど(千曲)Chikuma Valleyって自分達で呼んでいるんですよ。」と蓮見さんはそう言って笑った。去年は良くなかったけれど、今年はいいぶどうが取れたと言うから、来年の春ごろのワインには期待が持てそうである。

アメリカのワインの産地、Napa, Sonoma や Santa Barbaraなどは、ワイナリーの他にもレストランやSpaやリゾートホテルなどがあり、大人がすこし贅沢しながら、リラックスできる施設や環境が整っている。
この東御の周辺には温泉もあるので、そういったワイン産地のように大人がゆったりと過ごせる地域になっていけたら素晴らしいだろうと、密かに期待している。
Hasumi Winery
Hasumi Farm & Winery

小さな偉大なアスリート

近年、ボールゲーム競技でのアスリートの大型化がすすんでいる。
人々の体格が向上しているから、当たり前の現象だ。
それにしても最近のバスケットボールやバレーボールのトップ選手は巨大だ。180cmどころか、190㎝台が普通(場合によっては小さい方)で、200㎝以上の選手も当たり前のように数多くいる。
かつては大柄な選手は、動きが鈍く敏捷性に欠けるというステレオタイプ的な見方をされていたが、現在は違う。
先のバレーボールのワールドカップでも男子のならず女子でも190cm以上の選手が続々出てきた。大きい選手が、それなりの敏捷性で、ジャンプ力を誇るのだからお手上げ状態だ。小さな選手にとっては、さらにスピーディーに動くか、動きの質や、戦術的なレベルを相当上げる以外に、とうてい太刀打ちできない。

しかし、最近サッカ―では比較的小柄な選手の活躍が目立つ。サッカーは他のボールゲームと違い、空間的な高さだけではなくフィールドのスペースの広さ、走る距離の長さなど、競技の特性から背の高さだけが、選手の大きな資質にならないという特長もある。
ただ、最近は以前と比べサッカー選手の身長も高くなってきた。古い話だが、日本が3位に輝いたメキシコオリンピック時代の日本代表では、一番上背があったのが桑原選手で180cm、その次が釜本選手で179cm。当時は、彼らが大柄な選手と言われていた。現在では、日本でも170cm台後半や180cm前半の身長は普通サイズだ。
世界では、イブラヒモビッチ選手のように大柄だが、機敏な動きで活躍するプレイヤーも多い。

そのような趨勢のなか、我が長友選手の活躍は特筆すべきものがある。
彼は、170㎝(多分160㎝台)の身長で、ピッチ上を縦横無尽に走りまわっている。セリエAの他の選手と比べても10cm以上も小さいから(同じくらいは同僚のスナイデル選手)逆によく目立つ。去る13日のセリエAの試合では、ヘディングシュートも決めた。

長友選手やスナイデル選手他にも、メッシ選手を筆頭に、バルセロナのシャビ、イ二エスタ選手等のスーパープレイヤ―も小さい。古くは、ペレ、ウベゼイラー、フォクツ、ミュラー等の名手も小柄だった。また、プラジルの新星として注目されているネイマールもそんなに大きくはない。
だだし、こういった超トップのフットボーラーには、フィジカル的な強さもさることながら、圧倒的なテクニック、センス、戦術眼など他を遥かに凌駕する資質があり、身体の大きさというハンディをハンディと言わせぬパワーがあるのだ。

しかし、この「小よく大を制す」というような活躍は、次世代のプレイヤーやこれから頑張ろうとする若い選手達の大きな励みになる。テクニック、走力、筋力、戦術眼、メンタルパワーなどは、トレーニングなどの後天的な努力で向上する事は可能である。唯一背の高さだけが努力だけではどうにもならない。

しかし、それに引け目を感じるより、努力と工夫で自己の資質は高められるのだという事を、彼ら「小さな偉大な選手」は身を持って教えてくれている。身体的ハンディが、そうでない事を、彼らはその努力と頭脳で勝ち得てきたのだ。

忘年会で会える素晴らしき先輩方

年々出不精になったせいかどうか、忘年会に呼ばれる回数が減ってきた。
とはいえ、毎年必ず参加する忘年会がある。
ほぼ30年前、大手町の会社勤めの時に、通っていた(通称)「千代田ジム」の忘年会だ。当時の「千代田ジム」は、単なる区立の体育館のトレーニングルームだが、すでに使い込まれた、古いバーベルやダンベルやベンチなどが置いてあった。

公共の施設なのに、トレーニングルームの一角は、さながらボディービルジムの様相を呈していた。とりわけベンチのまわりには、ゴツイ連中がかわるがわるベンチプレスに取り組んでいた。ピークの時間帯には10人くらいが2台のベンチを占有し、何セットもベンチプレスをするのだ。盛り上がると10セット以上も平気でやっていた。トレーニング理論もへったくりもない。ノリで、大胸筋や三頭筋がパンパンになるまでやっていた。
皆、一週間に3~4回ほど来るので、ベンチを使う連中は直ぐに顔見知りになる。そこには、牢名主のようなオヤジがいて、ベンチを程良く仕切っていた。この牢名主こそ毎年、忘年会の幹事をして頂いている千代田ジムの名物オヤジである。

かつてそこで共に汗を流したリフタ―、ビルダー達が年一回集まるのがこの忘年会。
最近は一緒にトレーニングすることもなくなったが、個々にトレーニングや運動を続けている人が多い。皆、40歳代後半から70歳代になっているが、血色は良く元気そうだ。頭髪は、過ぎ去った年月を隠しきれないが、それでも還暦を過ぎて、ふさふさしている人もいる。

そのなかでこの先輩だけはという目標となるべき方がいる。トレーニング仲間で先輩後輩もないが、当時からトレーニングの質、内容ともにレベルの高さを誇った、リ―ダ―的存在の方だった。

一人は登坂さん。現在77歳だが、いまでも神田のボディービルジムでトレーニングを続けている。いまやこの人こそと言うべき、カリスマボディービルダーだ。仕事は現役を引退したが、トレーニングは週3~4回は行っている。「夜のクラブ活動も欠かさないけどね。」明るく、気さくに話す。70代後半になって、さすがに身体全体の筋量は
多少落ちた感じだが、矍鑠とした姿は、凛々しささえ漂わせている。
加えて、ダンディーだ。この年齢で登坂さんほどジーンズをオシャレに着こなしている人は見たことがない。
登坂さん

もう一人は井上さん。来る1月で70歳を迎える、これまたスーパーシニアだ。
井上さんはビルダーでもパワーリフタ―でもないが、ウエイトトレーニングで扱う重量が
かなりなもの。30年前には競って150㎏ぐらいのベンチを上げていたが、それにバスケットをやったり、ランニングで皇居や湘南海岸(お住まいが近い)を30㌔余り走ったりしていた。筋力も半端じゃないが、持久力も併せも持つ本物のフィットネスウォリアーだ。
今も社長業を続けながら、毎日トレーニングに励んでいる。
1月の誕生日には、20キロのランニングと久しぶりに100㎏のベンチプレスにトライするとの事。いつまでたってもパワフルなオヤジさんである。
井上さん

こんな先輩方と会っていると真の元気を頂く。「凄いなあ」と感心しながら、負けてられないというささやかなライバル心がわき上がる。いつまでたっても愛すべき、大事な先輩方である。

ハイバランスプレイヤー、ネイマール

トヨタカップの熱戦が続いている。
柏VS サントス戦、なかなか見ごたえのあるゲームだった。3-1というスコアであったが、柏の善戦が光った。
柏にはひと泡吹かせてやろうという意気込みがあり、格上相手ではよくある速攻オンリーで、自陣にひきこもった消極的な試合運びでなかったのが良かった。後半、動きの緩慢になったサントスを攻め立てたサイド攻撃には、あわやと思わせる場面が何度もあった。

しかし、最後は3-1。サントスのゴールは、すべて卓越した個人の能力で決めたもので、完璧に崩されて決められたわけではないが、ここぞと言う時に決めて勝ちきるのはさすがである。これがワールドトップクラスチームと、日本のトップチームとの違いでもある。
しかし、着実にその差は縮まってきていると感じる。

ところで、サントスの、いまやブラジルのスーパープレイヤーといわれるネイマールだが、噂にたがわないプレーを見せてくれた。あのキング、ペレの再来といわれる天才プレイヤーは、見た目は日本の高校サッカープレイヤーとかわらない体躯である。身長175㎝で体重65~67㎏。スリムな締まった体、最近のサッカー選手というより陸上の中距離の選手のようだ。試合でもボールコントロールはもとより動きの質など天才と言われる動きは随所に見られた。

ネイマールは怪我の少ない選手らしい。「無事これ名馬なり」というが、この見た目華奢な選手がどうして怪我なしで活躍できるのか。ブラジルのサッカーは、ボールテクニック中心の個人技中心のサッカーと言われるが、局面、局面ではかなりハードなぶつかり合いのサッカーが展開されている。そのなかでテクニックのある選手はガンガン削られるわけだ。ネイマールも当然そんな激しいプロサッカーのなかでもまれている。

しかし、この天才プレイヤーは、その中で悠然と振る舞っている。
それが納得できたのが彼のプレースタイルだ。ネイマールには、彼自身の独特な間合いがある。相手プレイヤ―との無用なフィジカル的接触を避け、肉体的な衝撃を抑えている。だが決して局面でのボールの奪いあいを避けているわけではない。
ただし自分のボールをキープする時は、最大限身体を相手に預けながらキープする。このバランスが見事だ。ボ―ルの取り合いはするが、フィジカル的にダメージがある事は避けている。
今後、ワールドカップやヨーロッパリーグでの活躍も期待されるが、是非このスタイルで戦い抜いて欲しいし、活躍してほしい。 ネイマールは、とりわけ選手の大型化がすすむなかで、身体の大きさだけではサッカーはできないという事を具現できるスーパースターではないかと思っている。


ゆったりランニングを楽しんだら

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ランナーがほんとうに増えた。
土日や平日の夕方など公園には必ずといっていいほどランナーの姿を見かける。
都会だけではなく信州の田舎でもランニンする人が増えてきた。このブームは、疑いもなく女子ランブームがベースにあるが、石原都知事の一声で開催された東京マラソンがさらに追い打ちをかけた。これにより全国にランニング、マラソンブームは波及した。
多くの人がランニングを始めたことはいいことだ。

先日、自転車で皇居の近くを通った。多くのランナーが汗を流していた。皇居外周は、言うまでもなく、市民ランナーのメッカといわれているランニングコース。皇居外周は、ノンストップで5㎞走れる都内でもランニングに適した場所。昔から、周辺の公官庁やオフィスに勤める人たちの恰好のランニングコースとして利用してきた。ローカルランニング大会も行われてきた。しかし、ここまで皇居でランナーが増えたのはここ数年のこと。

一時多くの企業がノー残業でとした水曜日には、溢れんばかりのランナー達が皇居外周をうめつくしていた。とりわけ皇居乾門から千鳥ヶ淵の左側を経て半蔵門の歩道は狭く、ランニング渋滞していた。大きなフルマラソン大会のスタート時状態だ。土日もかなりの賑わいを見せている。

どうして日本人は混雑しているところに集まり、群れたがるのだろうか。ランニングぐらい人の少ない場所に行ったほうが、気分がいいと思うのだが。確かに、多少でもランナーがいた方が、やる気になるかもしれないが。
都内には、皇居だけではなく走れる公園はかなりある。水元公園、神宮外苑、代々木公園、駒沢公園、砧公園、石神井公園、などなど

また皇居では、自分のペースで走れないからいらいらして、どなり散らすランナーもいるらしい。お喋りに夢中になり走路を占有するランナーに気分を害するのはわかるが、譲り合えばいいこと。人を怒鳴り散らして走って気持ちがいいのかが疑問だ。
自信があって早く走りたければ、トラックを利用すればいい。代々木の織田フィールドなどトラックを一般開放している場所も結構ある。
東京都内でも工夫すれば場所を選んで気持ちよく走れるのだ。

峠の釜めし

DSCF0857.jpg
東京駅には、日本各地を繋ぐ新幹線が到着し、出発していく。
長野は東京からはほんの1時間半で着く。改めて近くなったと思う。

小学生だった頃、信越、上越、北陸、東北方面へは上野駅が玄関口だった。上野駅へは特急、急行、普通列車を含む、多くの長距離列車がホームに入ってきた。この冬の時期には、屋根にこんもりと雪を乗せたまま入線してくる列車もあった。年末の帰省時期には、故郷に戻る多くの家族やスキーを抱えた若人で、ごったがえしていた。

上野駅にはある種の緊張感があった。夢、ふれあい,喜び、故郷への思い、悔しさ、別れの悲しさ、人々への気持ち、それらすべてに溢れた駅だった。
上野駅には異郷への旅立ちのゲートだった。今の成田空港から海外へ旅立つ以上の、張りつめた気分があった。

長野方面には、長野までと金沢まで向かう特急や急行が走っていた。
満杯の列車が慌ただしく上野駅を出て、熊谷駅あたりを過ぎようやく車内も落ち着いてくる。2時間かかってようやく高崎へ。高崎へ来ると、上信越の本当に入口という感じだった。通勤圏となった現在とはだいぶ違う。
高崎からは、難所といわれた碓氷峠を目指していく。少しずつ登っていくので、列車のスピードも少しずつゆっくりになっていく。
高崎から小一時間で、長野へのゲートウエイ、横川に到着。到着するなり満杯の車内から乗客が、急いでホームへ出ていく。または、窓を上に押し上げ目いっぱい開け顔を出す。冷気が車内に駆け込んでくる。皆のお目当ては、元祖、峠の釜めしだ。

横川では、ディーゼルの列車の前後に機関車を接続する。その間の数分が、勝負の時間。買う方も、お弁当屋さんも必死。出発のベルが鳴り終わり列車が出る寸前まで、釜めしの購買は続く。車内に、家族や友達の釜めしを抱えた人たちがやれやれという表情で戻ってくる。横川を出てほどなくすると車内には釜めしのほんのりとした香りが漂ってくる。
皆幸せそうにご飯をほおばる。これが信越本線でみられる定番的なひとこまであった。
そして、どうしても捨てられない釜めしの瀬戸物の容器は、中身のないお土産となってお勝手や縁側にたまっていく。毎年3~4個たまるから結構な数になった。

そんな定番な出来事も、新幹線の開通で終わった。
新幹線は、横川へ止まらないし、お弁当をいただく時間もないくらい早く軽井沢についてしまう。その後峠の釜めしは、長野自動車道のインターチェンジの出口付近や、横川パーキングエリアの売店や、しなの鉄道の一部の駅で手に入る。

でも、オールドファンにとっては、あの横川駅の駅弁売りのおじさんから、先を争って買った峠の釜めしが忘れられない。今思うと、横川駅での数分、あの短い時間によく売りさばけたのだなと思う。買いそびれてつぎのお盆やお正月の帰省まで待たなければならなかった人もいたのではないか。ふとそんな事を思った。

上田駅の、別所線のホーム前の売店でも峠の釜めしは売られている。
さりげなく売られているのが昔っぽく思わず買ってしまった。
また、陶器の入れ物が増えてしまうのだろう。

初冬の東京バイク(自転車)ツーリング

スカイツリ―2(上野不忍池から東京スカイツリ―を望む)
初冬の小春日和、天気がいいので思い立って東京バイク(自転車)ツーリングに出かけた。
渋谷スタートで目的地は東京スカイツリ―。ルートはおおまかに頭の中で決めたが、細かくは行きわたりばったりで行くことにした。
渋谷、富ヶ谷をスタートして、代々木公園の北側から代々木駅へ。千駄が谷から神宮外苑を経て、東宮御所脇から四谷を経て、三宅坂(皇居)へ。イギリス大使館を左に見て、右折して北の丸エリアへ。それから水道橋、後楽園から春日通りを行く。春日通りから東大キャンパスを抜けて上野池の端、不忍池へ。上野動物園の北側をまわって、上野寛永寺から鴬谷。言問通りを河童橋北側から浅草寺北側を経て言問橋を渡る。

スカイツリ―が、急に大きく迫ってくる。大きくて視野からはみ出すくらい。首を起こして見上げないとタワー中上部が見えない。バイクヘルメットで視野が遮られタワートップが見えない。
東武線の高架が見え、スカイタワー前の業平橋に到着。東京スカイツリ―が眼前にそびえ立つ。大きい。見上げ続けると首が痛くなるほど。業平橋からはスカイツリ―は目の前過ぎて、カメラに入り切れない。見物客は皆、業平橋にしゃがんで、めいっぱい見上げてカメラを構えシャッターを切る。だから人物を入れて撮ることはできない。ワイドレンズでなければ無理だ。

その後南へ、浅草雷門方面に向かう。すこし離れた橋の上には、ホビーカメラマン達が三脚をセットして程良い光のタイミングを待っている。確かに少しスカイツリ―より少し離れたほうが、バランスの良い写真が撮れそうだ。

隅田川にかかる吾妻橋を渡って雷門前に出て帰路につく。吾妻橋を渡った西詰あたりは、スカイツリ―のグッドフォトポイントだ。ビルの間に具合よくスカイツリ―が収まる。浅草雷門通りを上野方面へ向かう。振り返ると、スカイツリ―が道路の真ん中にすくっと立っている。

渋谷、富ヶ谷から1時間少々でスカイツリ―の業平橋についた。そんなにバイクを飛ばした訳ではないが、意外と近いという印象だ。東京はスペース的にいえばそんなに大きくない。とくに山手線内やその周辺は距離的にそれほど離れてはいない。
しかしのんびりペダルをこぎながら、そこかしこ、街の風情を楽しみながらバイクを走らしていると、様々な東京の風景、姿に出会う。40年も東京に居たのに、まだまだ全然知らない東京がそこにはあるなと、しみじみ思う。
それはそうかも知れない、ここ東京には1,000万人に近い人々の歴史や個々の営みが詰まっているのだから。
そんなことを思いながら、今日は4時間の東京バイクツーリングを楽しんできた。

スカイツリ―

信州のお蕎麦屋さんめぐり

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信州上田のお蕎麦屋さん巡りも18件目。
今回訪れたのは、更科屋さん。上田駅のメインのお城側出口と反対側の出口の、ひっそりとした住宅街の一角にある、およそ観光客が寄りつかないお店だ。

これまで回ったお店をざっと分析すると上田のお蕎麦屋さんは、おおまかに3タイプに分かれるような気がする。
1つは、昔からある老舗タイプ。数十年前から営業しており、お客さんは地元の人々であったり観光客だったりする。2つ目はお寺や観光スポットに併設またはその近隣にあるお店。お客さんは観光客中心。3つ目は、他で修業したり、脱サラして開店した、こだわりを持ったお店。地元や遠方からの食通がメインのお客さん。

ところが今回の更科屋さん、このどれにも所属しないタイプだ。店構えはさり気なく、しいていえば老舗タイプだが、どう考えても観光客は来そうにない。こういった店は、美味しいか、相当のハズしか、に決まっている。(ここで取り上げたのだからハズしはないのだが)

以前通りかかった際には、暖簾が降りてなく、見た目は営業をしてない風だったので、今回は暖簾が掛かっておりわざわざ歩いてきた甲斐があった。
そんなお店なので、おそるおそる暖簾を分けて中に入った。店内にはいわゆるウナギの寝床より少しばかり広いカウンターと奥に数名収容できる座敷があった。雰囲気は、田舎の居酒屋風。メニューもお蕎麦の他に、お酒メニューがある。夕方からは近所の人々や勤め帰りのサラリーマンのたまり場になるのか。お客さんは、自分以外にもう一人。いかにも常連と言う感じで、御主人と女将さんと言葉を交わしている。

墨字の手書きメニューを見渡して、もりソバとカキ揚げを注文する。サラリーマン風の常連さんがお勘定をすませ出ていくと御主人が話かけてきた。
「ウチの店どうして来たんですか?」うーん、どう答えようか。
場末にあるショボイ感じの店なんで興味がひかれたんです、なんて言えないなあ。
「ええ、前にお店の近くを通ったもんですから。」とあたりさわりなく答えた。
「そうですか、ウチは常連さんがほとんどで、観光のお客さんは少ないんですよ。」
思ったとおりである。

上田に引越したばかりで、時間がある時にお蕎麦屋さん巡りしている旨を話したら、御主人がいろいろ上田のお蕎麦屋さん事情を話してくれた。更科屋さんは、28年くらい前に店を開いた。そのころ市内にはお蕎麦屋さんは数店しかなかったらしい。その後蕎麦ブームが来て一気に30~40店に増えたという事だ。とくに大西屋さん(こだわりのそば粉で打ったお蕎麦が売りの有名店)で修業した人たちが独立して何店か出した時に一気に増えたらしい。

注文したお蕎麦は、やはり信州の田舎蕎麦だった。こしがあり美味しい。よかった、ハズしでなかった、密かに安心した。つゆも程良いしょっぱさのしょう油味で合格! 一緒に頼んだ、カキ揚げは、お袋やお祖母さん作ってくれた家庭風で悪くはない。値段も「ウチはサラリーマンのお客さんが多いので、値段はここ十数年据え置きなのよ。」と女将さんが言うとおり、リーズナブルであった。

事務所の同僚が、上田のそば屋のランク付けをやっている。
上田真田幸村にちなんで、最高点は6点(六文銭)とし、味、雰囲気、接客、居心地の良さなどなど採点して、自分達で楽しみ悦に行っている。いま最高は五文銭(5点)の刀屋さんだ。
自分達は、貧乏庶民なので、味が良くて、お店が豪華でも、居心地が悪く、値段が高いのは評点が低い。B級的な視点でランク付けしているのだ。
「美味しいそばでも、ほんのちょっぴりしかなく、値段が高すぎるのはどうもね。」というのが一致した見解である。
それで今回の更科屋さんは、三文銭(3点)と評価した。そんなに悪くないのである。

コミュニケーション能力を高めよう

海外で活躍する機会が増えて、英語やその他外国語でコミュニケーションがとれるアスリートが増えてきた。当然だがとてもいい事だ。

日本が経済大国になっても世界の共通語は英語だ。その傾向は以前よりさらに高まっている。海外で活躍するためにはコミュニケーション能力、すなわち英語もしくはその国の言葉で意思を伝えあうことが不可欠となる。コミュニケーション能力は、アスリートの競技力アップにつながる。
かつてテニスのプロ選手が、その点を強調していた。
テニスのトーナメントプロは、世界各地を転戦する。そのため世界ランクトップクラスの選手や、お金持ちの選手ならいざしらず、そうでない選手は、ホテルの手配や様々な身の回り雑事は当然の事、練習場所や練習パートナーの確保もすべて自分でしなくてはならない。そのためにも最低、英語でコミュニケーションを取らねばならない。
また、サッカー、ラグビー、バスケットボールなどのプロ選手だって、コミュニケ―ションが出来なければ、試合にでても何もできない。戦術も理解できないし、練習内容も、選手間の意思疎通もできない。海外では黙っていては、何も生まれないし、何もできない。

日本人と同じく、英語が不得手な外国人はどうしているか。彼らは、出来なくても兎に角主張する。下手な英語でも喋る。そして上手くなっていく。アメリカでは、英語教育をろくに受けた経験のない人々が、英語を話して立派に暮らしている。よくよく聞いてみると、無茶苦茶な英語を駆使している。アメリカ人に聞いても「よく解らないが、何とか理解できる。」と言う。
ビジネスでよくアメリカに行くが、かつて日本の大手商社の駐在員の方にお世話になった事がある。その方だか、はっきり言って英語は下手であった。しかし、アメリカ人とはコミュニケーションはとれているし、プロとしての仕事はしっかりなされていた。(この場合下手とは言えないかもしれない)(現在、商社の方々は、以前より数段流暢に話されていますが)

要は、我々は外国人だから、失礼のない英語であれば、多少間違えても、なまりがあってもいいのである。先方は流暢な英語を期待していない。何が言いたいかが伝えられればいいのである 彼らの文化では、黙っていることや寡黙である事が不気味にうつるのである。
「兎に角,喋る。」だ。
完璧なバイリンガルの人はめったにいない。完璧なバイリンガル、マルチリンガルとは口頭でコミュニケーションが出来る事は言うに及ばず、ネイティブな人と同じレベルで書ける事(しっかりとした文書が書ける事)。ビジネス文書は定型だからそれに入らない。そんな人はなかなかいない。母国語の日本語だってたいした文書が書けないのだ。(反省しきりである)

英語は「習うより、慣れろ」だ。そして「習うより真似ろ」だ.
ベースは中学で習っているのだから、それにボキャブラリーや言いまわしを増やせばいい。日常会話はそれで充分。自分に言わせれば、TORFLやTOEICでいい点をとっても、それだけで海外でコミュニケーションをとれるわけではない。逆にいい点でなくてもコミュニケーションはとれる。喋る、口に出して話す事が必要。話して喋って上手くなるのだ。

真似ろとは、「英語の上手な人や、ネイティブスピーカーの英語をサル真似しろ。」と言う事。但し、丁寧なしっかりした英語を話す人の英語を真似するべきだ。英語に相当慣れるまでは、スラングはご法度だ。英語がたいして出来ないのにスラングだけ覚えて話すと滑稽でしかない。バカにされるのがオチだ。日本にいる、あまり日本語が話せない外国人が、流行り言葉や下品なフレーズを話すと滑稽に映るが、同じ事だ。スラングはサブカルチャー、人種的なカルチャーがしみついていないなら使うべきでない。(仲のいい友人間ではその限りでないが。)

かつてゴルフの岡本綾子プロが、アメリカの女子プロトーナメントで優勝した時、英語でしっかりと優勝スピーチを行った。とても格好良く、素晴らしかった。岡本プロは、アメリカで尊敬され、一目置かれていたと聞く。
それは、ゴルフの技術、そのレベルの高さや人間性はもとより、コミュニケーション能力の高さによるものであると思う。

楽しかった事と不愉快な事

フットサル
都会の屋上でフットサルを楽しんだ。サッカーは、男同士でガンガンやりまくるというのが前提だったので、女性を交えてのフットサルは新鮮だった。女性の体力に合わせて出すパスの加減が難しかったが。

スポーツをとおして様々な人たちと交流するのは楽しいもの。
いま、様々な形の合コンが流行っているけれど、人々はいろいろな形で人との繋がり、触れ合いを求めているのだ、ということをあらためて感じる。その点で、スポーツ合コンはただ飲食するより楽しいものがある。

気持ち良くスポーツを楽しんできたのに朝ネットでニュースをチェックして、ある記事を見て急に不機嫌になってしまった。
「デヴィ何某というお方が、内柴容疑者を擁護しているとか、ないとか」というような一節が目に入った。よせばいいのにそのブログやらを読んで、さらにそれに同調する書き込みを読んでしまった。
はっきり言って世の中にはこういう事を恥ずかしげもなく主張する輩がいるのだな、と怒りを通り越して、悲しい気持ちになった。

2度もゴールドメダリストになったスポーツマンは掛け値なしに素晴らしい。スポーツ史上でも五輪を連覇するのは至難な事である。しかし、それはアスリートして素晴らしかった過去の偉業である。だからといって今現在、その人の人間性が素晴らしいとは言えない事もある。

百歩譲って、内柴容疑者が選手であるか、引退した選手だけの立場であったら酔った未成年と不純異性交遊に及んだ事だけで済まされてしまうかもしれない。(これとて、アメリカなどでは完璧な犯罪だ。場合によっては懲役10数年になる。)
しかし彼は選手でなくて、教師であり監督であった。未成年に飲酒を許し、しかも性的な関係をどういう形であれ持った(それは認めている)のだがら、それでも充分、アウトである。

有名人だから、メダリストだからメディアが、よってたかって彼を落としめようとしている旨もブログには記されていたが、何をか言わんや、である。
メダリストであるからこそ、影響力もあり尊敬もされ、これから柔道界のみならずスポーツ界をリードしていく立場になっていくのである。もちろん人間失敗、過ちはあるだろう。しかし、犯した罪は厳しく糾弾し、償う事で明日は開けるのである。 指導者が、未成年の女子選手に酒を飲ませて(一緒に飲んで)合意であろうが、なかろうが性的交渉を持つような行為をしたこと自体は、糾弾されてしかるべきである。メダリストであればこそ糾弾されるのである。
それは、あれだけの偉業をなした尊敬に値する人間だった、と一時は皆をそう思わした事の裏腹なのである。

襟を正せ、メダリスト、アスリートである。こんな恥ずかしい不祥事があるから、アスリートは反面、スポーツバカ、スポーツしかしらない世間知らずの愚か者扱いされるのである。

彼を擁護する必要は全くない。
擁護する事は、かえって武道としての柔道をバカにし、冒涜するものだと思う。

残念、無念な出来事

残念、無念な出来事だ。オリンピック2大会連続、金メダルに輝いた内柴選手が、容疑者となり逮捕されてしまった。
「いったい、どうしたのだ。」と多くの方々が驚き、落胆にくれているだろう。小気味いい、スカッとする一本柔道と家族を大事にするイメージと、今回の不祥事がどうもかけ離れていて理解に苦しむ。

人間はどこか二面性がある、頂点を極めた武道家も人間だ。聖人君子だとは言わない。武道家だって酒を飲んで暴れたり、人様に迷惑をかけたりしてきている。しかし、今回の二面性には、清廉な武道家と野獣が同居している。

「合意の上だった。」と内柴容疑者(かえすがえすも残念な呼称だ)は言い張っているらしいが、たとえそうであっても許されない。

男ならそれは可愛い女子に興味があるし、性的な興奮を覚えるだろう。それは否定しない。しかし、それを自分の欲のままに行動にうつしたら、まさに獣である。武道家は野獣のように戦う、しかし戦いのあとは自分を戒め精進する、それが古来からの教えでなかったか。

そこまで、高潔な人格でなくても、未成年の、しかも弟子相手に性的欲求を満たそうとするのは言語道断である。弟子にとって、先生は唯一無二の存在。しかも内柴容疑者は、世界を2度も制した雲の上の存在なのだ。いうなれば弟子はなんでも言うことを聞くのである。世間でいうパワハラ、セクハラ上司どころではない。
乱暴な言い方だが、「弟子に手を出すな。外でやってこい」と言いたい。

この柔道部の女子選手達には早く立ち直って貰いたいし、内柴容疑者は罪は認め、出来る限り償って欲しい。

かつて、女子チームを何度も日本一に導いたバレーボールの監督が、女子選手に風呂で背中を流させていた、という話を聞いたことがある。男女の関係を超えての子弟関係ということなんだろうが、はたしてそうだろうか疑問である。

二人三脚、男女のカップルで上を目指している個人競技のアスリートは多くいる。その場合は、男子コーチ、女子選手が、双方大人でほぼ同じ立場で競技を続けている。

欧米では、多くの女子のチーム競技や、女子チームでは監督やコーチは、女子であることが多くなっている。いたずらな問題を起こさないためにも今後はそうあるべきかもしれない。日本も女子スポーツのレベルが上がってきているのだから、いつまでも監督、コーチが男である必要もない。再考の時期に来ているのではないか。

がんばれ川内選手

伝統の福岡マラソンで、市民ランナー星と称される、公務員ランナー川内選手が第3位と健闘した。
中盤は先頭グループから引き離されたポジションだった。しかし後半は、先行するランナーをとらえ日本人1位でフィニッシュした。40キロ付近での、今井選手とのつばぜり合いは見ごたえがあった。
残念ながら今の世界標準からすれば平凡な記録で終わった。

しかし川内選手の走りにはオリンピックでの活躍を期待させるものがあった。
世界のマラソンの潮流はスピード化だ。ケニア、エチオピアなどの東アフリカの選手を中心に記録は伸び、最高記録は今や2時間3分38秒になった。トラックの5,000mや10,000mで世界クラスのスピードを持つランナー達が続々、マラソンを目指している。
スピードランナー達が前半から飛ばしそのままのペースで走りきる、またはライバルをかなりのスピードの変化で振い落とし、勝負所でまさに瞬間的なスピードで振り切り逃げ去る。こんなレース展開では、基本的にスピードがなければ太刀打ちできない。今回の福岡でも、トラック出身のダビリ選手が初マラソンにもかかわらず25㎞から飛び出し、2時間7分36秒で完勝した。

しかし、オリンピックのマラソンでは、決してスピードランナー達が上位に食い込んでくるとは限らない。北京オリンピックこそ優勝タイムは2時間6分32秒(オリンピック記録)だが第3位は、2時間10分、アテネでは優勝タイムは2時間10分55秒、第3位は2時間12分11秒、ちなみにシドニーは優勝2時間10分11秒、3位は2時間11分10秒だ。確かに、北京では高速化は見られるが、上位入賞記録は当時の世界レベルからしても平凡な記録である。
それは、オリンピックが気温の高い夏に開催されることと、コースが必ずしも記録のでやすい設定でない。またペースメーカーもいない、確実に記録より勝負のレース展開になるからだ。
という事は、トップ集団にくらいついて最後まで頑張っていくという作戦だけがいいとは限らない。トップ集団では自分で仕掛け、イニシアチブを握れなければかなり厳しい。それならばタイムを見据えて、トップ集団にいなくても第2集団あたりで虎視眈々と機会をうかがい、ペースを守り、落ちてくる選手を抜きつつ、後半ペースアップ(他の選手よりもペースを上げる)して上位を狙う事も可能である。まさに川内選手のレース展開である。

マラソンはそんな単純な考えや作戦で制覇できるものではないが、スピードで明らかに劣る日本選手にとって、川内選手のような走りは優勝できなくも上位を狙う鍵となるかもしれない。

川内選手はマラソン選手としては若いし、力は未知数かもしれない。実業団チームの中でもまれていないから力を図りにくいとうのが陸連の本音だろうか。
しかし彼は、決まったコーチもついていない中で、自分の意思と考えでトレーニングを重ね競技を遂行している。かなりの精神的優位性があり、アスリートとしてのメンタルパワーの強さは実業団選手より高いかもしれない。

彼を強化指定選手にでもして、少しでも競技面や経済面でのサポートができないだろうか。彼の、日本人マラソナーらしい違った戦い方、競技力を高めることも、次へのチャレンジになるのではないかと思う。

田舎ライフはサステイナブル

DSCF0826.jpg (我が家のケヤキもすっかり葉が落ちた)
各地で雪の便りが聞かれるようになってきた。
白馬ではすでにスキー場がオープン。東北以外のもう一つの被災地、信州の栄村は豪雪地域、今年はどれだけ降るのだろうか、そこだけでも雪が少なければうれしいのだが。

夏は、雑草との戦いだった。雑草のたくましさに惨敗だった。戦いの途中で草払い機、2台損傷で戦意喪失。
初冬の今は、枯葉との戦いだ。掃いても掃いても、枯葉が湧き出てくる。玄関前、庭、ガレージ、お隣の庭、周りの道路、あたり構わず飛び散り、折り重なっている。雨どいにも詰まっている。
竹ぼうき、熊手、庭ほうきで1日かかって掃いてかき集める。
集めた葉っぱはどうするか。来年活躍してもらうのだ。
集めた葉っぱは、日陰に重ねて堆肥にする。

田舎では、生き物の息吹きを感じる。生き物を見ているのは、楽しいし癒される。しかし、有難くない事もしてくれるし、敵にもなる。しかし、生きているものどうし、共に生きていかねばならない。
だから、木の生きている証、太陽のエネルギーで生まれた葉っぱ、色づいた後は迷惑な落ち葉になるが、リボーンして活躍してもらうのだ。

田舎の人々は、自然のパワーに何とか抗しながら、その恩恵にあずかり生活している。自然の中で生きていくためには、できるだけ自然を知り、そのパワーを利用する。戦うのではなく、共生するのである。
そこが、にわか田舎人の自分とは違うのであるとつくづく思う。
田舎では、おのずからサステイナブルなライフスタイルになる。サステイナブルな
ライフスタイルになればさらに楽しい田舎ライフになる。そう感じる今日この頃だ。
DSCF0825.jpg(この落ち葉が堆肥になる)

ダイエットの王道

ひざ痛のあと暫くランニングを控えていたら体重が増えた。明らかに体脂肪が増えている。油断するとすぐ増えてしまうので本当に厄介だ。これも加齢の仕業か。

最近メディアでも、比較的に正確にしっかりとダイエットの知識を伝えるようになった。これを食べれば痩せるという単品ダイエットや、これでだけで痩せるという怪しいシェイプアップ法なども姿を消した。
ある番組で、男女数人に1か月間様々なエステを体験してもらい、はたしてどれだけスリムになりうるか、という事をやっていた。揉みだしたり、肌を刺激したり様々なエステ的ケアを行ったが、見た目スリムになった以外、結局体重はほとんど変化なかった。結論としてはエステだけでは痩せないというもの。極めて常識的だ。

アメリカで流行った炭水化物ダイエット、インシュリンダイエットも理にかなった方法かもしれないしそれでスリムになった人もいるが、もろ手を挙げて賛成できる健康的な方法とは言えない。

ダイエット(シェイプアップして体を絞ること)には、適度な運動とバランス良い食事という王道しかない。摂取エネルギーと余分な体脂肪から、運動による消費エネルギーと基礎代謝エネルギーを引いた結果の積み重ねが、ダイエットの成功か否かを決めるのである。

多くの人は、いつまでも健康でフィットした体、見ためにも締まった体でいたいと願っている。できれば、簡単で楽な方法で体をシェイプしたいと思っている。しかし残念ながら、脂肪たっぷりの体を楽に絞り上げる方法はない。無理なく、健康的にシェイプする方法は、やはり運動とバランスの良い食事摂取を行い、エネルギーの引き算で徐々に減らしていく他ない。
たいへんのようだが、体を動かす喜びを得ることと、少しだけ節制した食事で健康的に体を絞ることは可能だ。要はそれを続ける意志と自分なりに生活環境を整える事だ。

「毎日、エアロビクスのクラスにでているのに全然痩せないの。」と不満顔の女性がいる。ジムでよく見かける女性たち。確かに、エアロビクスやエクササイズクラスに熱心に出ているように見受けられた。しかし、いつもふくよかでシェイプされたようには見えない。
あくまでの推測でしかないが、こういった女性はもともとフィジカルが強くこのエクササイズの強度に身体が慣れてしまって消費カロリーが増えなくなった。そのうえけっこうたくさん食べているのではないか。

こういった人に有効なのが、レコーディングダイエットだ。毎日の体重と食事内容をメモしていく。
記録し続ける事で、食べ過ぎを回避できるし、ダイエットしているという意識が生まれ、それが効果を生む。
もし、食事内容を記録し続けるのが出来ないのなら体重を記録し続けるだけでもいい。体重の変化を意識すると効果は表れる。
運動(ウエイトトレーニング&有酸素運動)と多少の食事コントロールとレコーディング、これがダイエットの王道である、と信じている。

読売巨人軍というチーム

先日の読売新聞の総帥、渡辺氏と元巨人軍GM清武氏の諍い。
冷静に考えると、おっかいない老舗の大旦那様に、店を切り盛りしている大番頭が、意見して受け入れられないから、
たてついた、内輪もめのような気がするが、言い過ぎだろうか。

清武氏は日本シリーズの邪魔をしたくないので言いたいことは、シリーズ終了まで黙っていた旨の発言をした。はたして、そうだろうか。
「清武さん、巨人がどうであろうとその時のプロ野球の中心は九州だったんですよ。」そう思った人も多いのではないか。渡辺氏と清武氏の中では、いまでも巨人中心にプロ野球はまわっているらしい。

彼らにとって、野球イコール巨人で、野球とは自社の宣伝の道具でしかなかった。
だから選手やコーチは季節労働者や契約労働者で、巨人ブランドが一番で価値があればいいのである。よって読売グループはサッカーではうまくやれなかった(というか素晴らしいチームをダメにした。)

確かに、40数年前、自分たちが鼻タレ小僧の小学生だった頃、枝豆つまみにキリンビールを飲みながらの巨人戦ナイター観戦は、オヤジのド定番だった。柴田が走り、長嶋が打つ。王はホームランで、土井、黒江がしぶく守る。
藤田、城之内が投げて宮田が締める。金田が投げればみんなきりきり舞いだった。
ガキはみんなといっていいほどYGマークの野球帽をかぶっていた。少年漫画だって巨人ばかり。プロ野球は、まさに巨人を中心に回っていた。
38年前、読売巨人軍の不世出のヒーロー、長嶋茂雄選手は引退に際し「我が巨人軍は永遠に不滅です。」という言葉を残した。それは、当時としては何の疑いもない名言だった。

しかし、今、日本のプロ野球は全国に広がった。最高の投手は北海道にいるし、優勝チームは九州のチーム。そして、超マイナーといわれたパシフィックリーグが東京以外を盛り上げている。また、日本の多くの選手がメジャーリーグで戦っている。日本の野球のレベルは今や世界最高峰だ。
だだ言えることは、昔と違い、巨人を中心に日本の野球は回っていないと言うことだ。
巨人も日本の数あるプロ野球チームの一つになったという事。特別な存在ではなく、由緒、歴史のある東京フランチャイズのチームになった。ある面正常になったといえる。

バブル経済崩壊以降、企業の社会的存在について論議されてきた。
企業はだれのもの。企業は、企業家すなわちお金を出した創業者のものだった。その後
企業の発展ともに、働く人のものでもあり、出資する株主のものでもあり、支える消費者や共存するソサエティーに責任を持つ存在になってきた。
飛躍した考えかも知れないが、ではプロスポーツチームはどうだろうか。
オーナーのもの? メインスポンサーである親会社のもの? チームの選手やスタッフのもの? 応援するファンのもの? 支えてくれる地域社会のもの?
いったい誰のものなのだろうか?
読売巨人軍がはたして東京ジャイアンツとなる日はくるのだろうか。
本当に選手、ファン、地域に愛されるチームになれるのだろうか。

アスリートという人種

世の中には、本当にどんなスポーツをやっても上手いとか、同じスポーツをやっているのにレベルが全然違うという人間がいる。

現在アイダホ州に住んでいる友人。もともとは、プロトライアスリートで、20年数年前、当時トライアスロンのメッカ、サンディエゴで会った。その後、アウトドアリゾートのマンモスマウンテンに移り住んだ。
そこで山岳ガイド、スキーインストラクタ―をしていた。
10数年前、同じ機会にスノーボードを始めた。2年後彼は、スノーボードノインストラターにもなっていた。そしてマンモスマウンテンのNO.1インストラクターになった。サーフィンはセミプロ級、アイスホッケー選手で、ジュニアボディビル大会で入賞。クライミングを嗜み、MTBは、ローカルレースでは優勝した。

20年以上、さるベンチプレス大会にたずさわってきた。
ときどき信じられない人間に出くわす。体重60キロ前後、確かに無駄の無い筋肉質の身体だ。大胸筋や上腕三頭筋の発達はそれなりだが強いという印象はない。ところがいざバーベルを握ると信じられないパワーを見せつけられる。1回目の試技が150㎏で最後には160㎏以上を成功させる。体重の2.5倍以上を差し上げる。すこしでもウエイトトレーニングやったひとなら解ると思うが、信じられない事だ。

鬼の木村と言われた、戦前、終戦直後に活躍した不世出の柔道、格闘王がいた。
現在の柔道や格闘技アスリートと比べると身体のサイズは大きくない(中量級レベル)が、そのパワーたるや常人では考えられないレベルだったらしい。こういう伝説のアスリートになると脚色された面もありそうだが、パワーリフタ―でもないのにベンチプレスで、体重の3倍の250㎏を上げたという。

トライアスロン、ハワイアイアンマンレースで、日本人で唯一トップ10入りした宮塚選手。かつて300キロ余りのバイクトレーニング(ヒルクライムのインターバルあり)の後に、1,000mのランニングインターバルトレーニングをさらに20~30本行っていた。それを事もなげに行っていた。一般のトライアスリートには不向きな、ありえないトレーニングだ。

優れたアスリートは、常人では考えられないパフォーマンスを発揮する。
それは生まれ持った、単なる優れた肉体的優位性がもたらすものだけではないと思う。
それに加えて、優れたメンタル的優位性、強さがあると思う。
よく昔は根性がある、ないとか、言われた。そして、その後、根性論はスポーツに悪いと
言われた。しかし、アスリートには関係ないと思う。
根性があろうと、なかろうと アスリートはそれ以上の、常人が考えられない質と量の
トレーニングを、自らの意思で続ける優れたメンタル的優位性があるからだ。

かつて高橋尚子選手が実に嬉しそうにマラソンをフィニッシュしていた。
彼女にとって、フルマラソンのレースは実際楽しかったのだ。
彼女はそれ以上にハ―ドなトレーニングを実践してきた。

アスリートとは、実は、高い質と考えられない量のトレーニングをこなせる肉体的、精神的優位性のある人たちだとつくづく思う。
DH000024.jpg (日本トライアスロン界のレジェンド、宮塚選手。現在は指導者として活躍中。)
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