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田舎のスポーツショップ

べラーニョ2 (上田初の本格的、ロードバイクショップ「ベラ―ニョ」
田舎にはパチンコ屋さんやカラオケ屋さんはあっても、スポーツショップがない。
あっても冬だけオープンしているスキーショップや、大型チェーン店だけだったりする。
田舎の人は、スポーツやアウトドアスポーツを楽しまないのだろうか?
スポーツする人が少ないからマーケットがない。だからショップもない。
そうなんだろうか。
田舎にスポーツ専門店が無いのは、これまで大いに不満だった。

アメリカでは、よく田舎町や、田舎のスポーツリゾートに小洒落たスポーツショップがある。正確に言うと、スポーツやアウトドアが盛んな田舎のスポーツダウンやスポーツリゾートにそういうショップがある。フィールドに近いロケーションで、品揃えが良く、しかもオシャレなスポーツショップがある。

モンタナやアイダホ、ワイオミングやメーン、ニューメキシコにだってスポーツ専門店はある。マラソンキャンプで有名なコロラドのボウルダ―には、ランニングショップやバイクショップ、アウトドアショップが充実している。レディスオンリーのスポーツショップもある。
ボウルダ―は大学町だがけっして大きな町ではない、日本の県庁所在地よりはるかに小さい。しかし、ニューヨークやシカゴ、LAの中心街より、オシャレなスポーツ&アウトドアショップがある。

日本では、東京や主要都市にしかスポーツ専門店やおしゃれなスポーツショップがない。
理由は、スポーツの楽しまれ方やスポーツマーケットの背景やサイズにある。
はっきり言えば、学生は別として田舎の大人はスポーツをやらない。大人では都会の人だけがスポーツを楽しんでいる。(すくなくともこれまではそうだった。)
田舎にはスポーツマーケットがないから、ショップがない。気がつけば単純な事だ。

だが、時代は変わってきた。
最近、信濃路でもロードレーサーをよく見かける。朝、夕には田んぼ脇を走るランナーも見かけるようになった。おじさんが気まぐれで走っているのではなく、かなり気合が入ったランナーやサイクリストだ。
自分達がトライアスロンにはまっていた20年頃前には、田舎でロードレーサー乗ったり、ランニングしたりする人は皆無だった。気のせいかも知れないが、地元の人達からは奇異な目で見られていだだろう。

そんな変化を象徴するように、田舎でも小気味いい、小洒落たスポーツシップが出店するようになってきた。
今年の4月、信州上田の郊外に、スポーツバイク(自転車)専門店がオープンした。
サイクリストのご夫妻がオープンさせた「ベラ―ニョ」というバイクショップだ。
主にロードバイク中心の品揃えだが、シティーバイクも置いてある。
パーツ類やアクセサリーも充実しており、都会のショップに負けない、というかフィールドに近い立地やロケーションを考えれば、アメリカのバイクショップのようだ。

カテゴリーは少し異なるが、長野市郊外にもトレッキング&トレイルランニング専門ショップがある。「信州トレイルマウンテン」というショップだ。
はっきり言って、品揃えは、都会のショップよりいい。

こういったショップには、フィールドが間近なだけに、臨場感があふれている。
サイクリストがヘルメットをかぶったまま、トレイルランナーがハイドレーションパックをしょったまま、そのまま入ってきてしっくりするショップだ。
ベラーニョ(パーツ、アクセサリーも充実しているべラ―ニョ)

また、共通するのは、当たり前だが、オーナー&店長がそのスポーツが好きで、好きで
仕方がなく、彼らのライフスタイルそのままが店に溢れていることだ。
店に気取りはないが、それがかえってオシャレだ。

都会で経験を積んだ、スポーツ系マーチャントが、本物も求めてフィ-ルドに近い
ロケーションに店を構えた。そんな心意気が嬉しい。

こういったショップが増えれば、田舎でも必ずスポーツをする大人が増えてくる。
こんなショップこそ応援したい。

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(ボウルダ―のトライアスロン&ランニングショップ)
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地元の食

しょう油豆2
スーパーマーケットに行くのは結構楽しい。
旅行した時や、何かの機会に他の街を訪れた時には、時間があれば地元のマーケットやスーパーに行くことにしている。単にくいしんぼうで、食べもの興味があるだけかもしれないが、地元のストアでは地元の人たちの生活や生の姿が垣間見れるようで楽しい。
NYのオーガニックスーパーでも、メキシコ,プエブラのマーケットでも、ミュンヘンの市場でも、長野小川村の野菜の直売所でも、それぞれ、地元の息吹が感じられる。
またスーパーや商店や市場では時折、思わぬ食べ物やお土産に出会えることもある。

信州へは幼少より何十回も来ているのに、知らなかった事や、新たな発見がたくさんある。長野県は信濃の国と呼ばれて行政テリトリーとしては1つだが、険しい山々という地理的要因により昔は交通や交流が制約され、それぞれの地域で微妙に違う文化や経済圏、生活風習を育んできた。それが培ってきたそれぞれの歴史のなかで様々な食べ物を生み出してきた。それを知り、味わうのも興味深いが、それが時々地元のスーパーや商店で発見できるのだ。

用事があって、千曲市と長野市篠ノ井地区へ行ってきた。
帰り際に地元の農協のスーパーで、最近気に入ったしょう油豆を見つけた。一見不揃いの豆のバージョンだ。知り合いの大学の講師をしておられる地元の方にこれのほうが美味しいとすすめられたしょう油豆だった。
さっそく自分用と東京へのお土産用に3つ購入した。

こういった地元スーパーでは、地元農家が生産した直売コーナーがあるが、都会ではお目にかかれない地元の珍しい野菜などがおいてある。時にはアメリカにはあるのに東京のスーパーに置いてない野菜もある。興味深い。

東京一極集中が様々に議論され、地域の衰退が問題視されているが、地域で守られ、ささやかながら息づいている食文化もある。一極集中すればするほどその良さが際立ってくる気がする。不思議なものである。


野沢菜
(この時期、長野県の北部、東部の地元スーパーには、小松菜のお化けのような大きな野沢菜が並ぶ。野沢菜漬用だ。)

映画 マネーボール

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ブラッド・ピット主演の映画「マネーボール」を見た。久しぶりの映画館での鑑賞だったので、新しい映画館(というがムービーシアター)のアメニティーの良さに驚いた。

マネーボールは実話に基づいたノンフィクションを映画化したもの。2002年のMLB(メジャーリーグベースボール)のオークランド・アスレティックスの快進撃を支えた(実現させた)ジェネラルマネージャーとその補佐役、そして彼の周りの人間模様のドラマだ。
アスレティックスといえば、少し前には、マーク・マクガイアーやホセ・カンセコ(残念ながら後に筋肉増強剤を使用したと告白した。)やマット・ジオンビーやジョニー・デーモンなどのスラッガーが所属した、強力打線のチームとして名を馳せていた。

ストーリーは、ブラッド・ピット扮する貧乏球団、アスレティックスのGMが、過去のプロベースボール球団のマネジメントとゲームの考え方と、これまでの常識を覆す考えのもと、強い信念を持ち、チーム改革を実行したというものだ。
MLBでは、長い歴史のなかで考え方が固定化し、選手やチームがマンネリ化した考え方で評価されるようになってきた。そのため、いい選手は大金で持ち球団に集まり貧乏球団は優勝やプレーオフ進出どころか常に下位に沈むことになりかねない状況になってきた。
そういうなかで、過去の常識にとらわれない考え方、データをベースに客観的に選手やチームを見直し、それをチームマネジメントに生かし、実行したのだ。

過去の常識、考え方を翻し、新たな考え方を実行させることは、たいへん難しい。
スポーツでもビジネスでも然りだ。当然、お金があり知名度があり、実績があるチームや企業は強い。しかし、それにひれ伏して、同じ考え方で挑んでも結局は勝てない。だから、見方を変えたり、視点をかえて戦力を再評価し、戦略を練って実行することが求められる。
しかし、言うは易しいが、いざそれを実行し、遂行つづけることは本当に難しい。
映画では、映画らしく最後は結果が出たわけだが現実はさらに困難だと思われる。
とはいえ、過去の常識だけにとらわれては、新しいもの、新しい流れを生み出すの事はできない。

映画では、主人公強い意志のもと、反対と軋轢を排して、実行した。
しかしそれ以上に、大切なのは、最後にはどれほどそのスポーツを、そして仕事、人を思い、愛しているかだということ。 それが、最大のテーマだと思う。

相いれないアスリートとタバコ

アスリートにタバコ、全く相いれない、想像もつかない言葉の組み合わせだと思うが、実際、喫煙しているアスリートがいるというから驚きだ。

先日、タバコをやめて欲しい有名人というアンケートのランキングを目にしたが、そのなかで、この度譲渡される横浜ベースターズの新監督と噂される工藤選手の名前が何年か前にリストアップされていた。あれだけコンディショニングに熱心で、一途に48歳まで現役で頑張ってきたスーパースターが,喫煙者だったのは、信じられなかった。(もうやめている事を祈る。) 工藤選手は、尊敬に値するアスリートだが何故タバコを吸っていたのか、もし喫煙者でなかったら50歳を超えても現役でいられたかもしれない。
野球は、比較的瞬発系の動きが要求されるスポーツなので、喫煙の悪影響は他のスポーツより少ないかもしれないが、そえでも身体に多大な悪影響を及ぼす。

2年前くらい前まで、週末によくシニアサッカーに興じていた。40歳、50歳以上のおじさんサッカーだが、若いころからずっと続けているプレイヤーもいて、年々レベルが上がってきている。
そこで、驚くべきことを何回も見た。試合の前や、あろうことかハーフタイムにタバコをくゆらせている人がいるのだ。「危ないよ。心筋梗塞になる。」とすぐに思ったが、なかなか言い出せなかった。心肺機能を最大限に要求されるサッカーにタバコ、信じられない思いだった。

先ごろ、大衆ビジネス週刊誌をめくっていたら、喫煙に関しての連載コラムが載っていた。
テレビにも出演している、経済評論家がその著者だが、およそ時代錯誤的な内容に目を疑った。彼が言うには、行きすぎた禁煙ムーブメントはおかしい。簡単にいえば、「喫煙者の権利を踏みにじるな」というような論調だ。
「勘弁してくださいよ。やっとタバコの煙に悩まされずに済む社会環境になってきたのに、なんてこと言うのか」という思いだ。
こういう方々にタバコは健康に悪いとか、吸わない人はどれだけ迷惑している、いやどれだけ健康被害を受けているか という事を言っても理解しないと思う。だから、近く来ないで下さいとお願いするばかりだ。

タバコを吸って自らが病気になるのは自由だ。しかし、吸わない人間に危害を加える権利や自由はない。タバコを吸うという権利を認めろというなら、それはあくまでも義務を果たすことが前提だ。それが、現代社会。明らかに他人にも健康被害をおよぼす迷惑を伴う行為を行うのだから、不特定の方々が少しでも集まる場所では喫煙しないのが義務というものだ。経済評論家なら、喫煙による経済被害がどれほどのものかが理解できるはずだが。

毎年10万人もの人々が、喫煙が主な要因で死亡している。交通事故死亡者数は5~6,000人だ。今世の中が神経質になっている放射線だが、喫煙はがん発生率からするとなんと2000ミリシーベルトを被ばくしたのと同じだという放射線関連の医学者もいる。

戦争だって肯定する人々がいる世の中、タバコがいくら科学的にかつ実証された結果で,麻薬であり、健康に悪いモノと世界中で認定しても、平気で吸い続ける人がいるのは不思議ではない。
しかし、これだけは守ってほしい。タバコを吸わない人や子供に1ミリもすこしでもタバコの煙を近づけないでほしい。
タバコは最小にして最大の公害であるから。

信州、上田お蕎麦屋さんめぐり

刀屋(刀屋そば店、上田駅から徒歩約10分)
信州に来て、里山トレッキングの他に楽しんでいるのが蕎麦屋めぐりだ。
御存知信州は蕎麦どころ。伊那、木曽、松本、安曇野、小諸、戸隠などなど県内のいたるところで美味しい蕎麦がいただける。地元上田も負けてはいない。市内、周辺に美味しい蕎麦がいただけるお蕎麦屋さんがいっぱいある。

毎年、5月に開催している「別所線と走ろう、歩こう ラン&ウォーク」には東京からも多くの友人、知人にご参加頂いているが、その際よく「美味しい蕎麦屋さんを教えてよ。」と聞かれる。
昨年末から地元民になった者としては、一応知っておいたほうがいいと思い、時間がある折には、市内のいろいろなお蕎麦屋さんに足を運ぶようにしている。そんなにグルメ通ではないので、自分の食リサーチに自信があるわけではないが、自分が感じたままを教えればいいかと思う。

上田の観光協会にお蕎麦屋さんマップがあり、市内の38店が紹介されている。
とりあえず、まずはこの38店すべてを制覇すべく、折につけお蕎麦を食べにいっている。
これまででやっと17店舗に行った。
 
信州の蕎麦といえば、そば粉10割の濃い色の田舎蕎麦だ。こしがあり歯ごたえのあるおソバだ。江戸前の細めの上品なお蕎麦にとは違い、不揃いな麺も混ざったりしている。
しかし、これに慣れると、しっかりとした蕎麦の味わいをかみしめられる田舎蕎麦こそ蕎麦だと思うようになる。
その田舎蕎麦をいただける代表格のお蕎麦屋さんが、刀屋そば店だ。上田市の旧中心街からすこし外れた街中にある有名店らしくないさりげない佇まいのお蕎麦屋さんだ。

日曜日はお休みで、土曜や祭日は、店前に列ができているが、思ったほど待たない。さほど大きくない店内はいつも賑わっているが、回転が早いのだ。
お店に入ると、フレンドリーな応対で、「何名様ですか。はい、そこでご相席お願いしまーす。」となる。地元客も観光客も関係なく、普通な対応が下町の気取らないお蕎麦屋さんで、初めてでも気後れしない雰囲気がある。
だいたい皆モリ蕎麦を注文する。また、たいていふつうもりを注文するが、運ばれてくるお蕎麦に目を丸くする。あまり目にしたことがないダ―クカラ―のお蕎麦がいかにも盛ってあるぞ、とういう量で運ばれてくる。

かつて大食いを自認する自分の友人が大盛りを頼んだ。お店の人が、「結構ありますよ。」と教えてくれたが、その友人は、「ええ、大盛りでお願いします。」とそのまま頼んだ。自分も初めて見た大盛りに思わず「おう」と
うなってしまった。半端な量ではない。友人はさすがに若く、大食いだけありなんとか完食したが、終盤はかなりの戦いで、きつそうだった。

刀屋さんのお蕎麦は、量だけではなく、田舎蕎麦の代表格だけあって、本当に歯ごたえがしっかりしている。つるつるとした、のどごしは期待できない。だからしっかりと噛んで食べないといけない。おソバといってもバクバク、つるつると平らげる訳にはいかないのだ。
このお蕎麦は、歯ごたえがありすぎて賛否両論あるが、一度食べるとやみつきになるお蕎麦であると思う。自分は、このお蕎麦が大好きである。真田幸村を何度も題材に取り上げた歴史小説の大家で、美食家でもあった、池波正太郎氏はこの刀屋さんをこよなく愛し、上田に滞在の際には必ず何度もこの田舎蕎麦に舌づつみを打ったらしい。

このほかにも、上田には真田の福田屋さん、市内のもみじやさん、信濃国分寺近くのくろつぼさん、鹿教湯の奈賀井さんなど美味しいお蕎麦屋さんがある。
他のお蕎麦屋さんもそれぞれそば粉の配合,種類など工夫したお蕎麦を食べさせてくれる。
また、蕎麦つゆもしょう油、味噌、くるみ、辛味大根など種類がある。
まだまだ制覇できていないお蕎麦屋さん巡りだが、お蕎麦屋さんそれぞれのこだわりを探るのも楽しい。

もみじや(もみじや、くるみだれでいただく田舎蕎麦が美味しい)
鹿教湯 奈賀井(奈賀井、鹿教湯温泉国道254号線沿い、 季節の蕎麦など創作蕎麦も美味しい)

奥深いチーズの話

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土曜の白馬五竜でのチーズのレクチャーでは、今まで知らなかった様々なことを知ることができた。
チーズが生まれたのは、BC6000頃のメソポタミア。BC3500頃に当時最先端の文明、技術を持っていたシュメール人によって盛んに作られていたらしい。
薀蓄だけを手に入れたかもしれないが、こういった知識を持って改めてチーズをいただいてみると、なぜかこれまで以上に味わいのある食べ物のような気がする。
食事をして美味しく感じるということは、様々な要素がかかわり美味しくと感じさせるのだが、知識を得て食す事はその一つかも知れない。


土曜のレクチャーの後日曜の午前中には、地元白馬五竜でヒツジを育てて、そのミルクからフレッシュチーズを作っておられるロバート・アレクサンダーさんのファームへ見学に行った。
ロバートさんは、数年間の修行の後、5年前から白馬五竜にてチーズづくりをはじめた。
ヒツジの飼育場所の確保からすべて一から始めたロバートさんは、いまにいたるまで相当な労力と時間を費やしてきた。できる限りオーガニックで美味しいチーズづくりを目指し、実践しているロバートさんだが、現在飼っている16頭がストレスのない元気な生活をおくり自然な環境で生きれるよう手塩にかけて飼育している。これが結局、美味しいチーズを生み出すことになるという。

ロバートさんは、ゴートチーズはクセがある、臭いというが僕はそう思いませんが、とおっしゃる。
確かに、自分も少しはクセがあるのはと思っていたが、ロバートさんのゴートチーズはなめらかで、美味しく
クセがあるというよりうま味があると感じる。
ファームでヒツジは元気に餌を食べていたが、どのヒツジも人懐こくて優しい表情をしている。
ほかの家畜と比べて動物臭が少ない。驚くほどだ。犬よりもないくらいだ。
適度な運動をしてバランスの良い食事をしていれば臭いは少ないですよ、とロバートさんは明るく言う。
ただし、年取ったオスのヒツジは臭うということだ。 (これは、加齢臭のオヤジと同じだな、と思った。)

ロバートさんのチーズは生産量が限られているので、売られている場所も限られている。
白馬では、白馬の道の駅で販売されている。
さっそくロバートさんの「風の谷のファーム白馬」のナチュラルゴートチーズを手入れた。
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奥深いチーズの話

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今年から参加している、信州での異業種交流セミナー合宿に参加してきた。
今日のお話は、「日本人にあったチーズの開発」。講師は、雪印メグミルクチーズ研究所の田中穂積所長だった。
当初は、当然チーズの試食はあるなと、そんなあさましい気持ちで参加したが、お話をうかがっているうちに、チーズがほんの一つの食材でありながら実は奥深いものあることを教えていただいた。
田中所長は、チーズの研究開発にたずさわられて40年のチーズ博士。
お話は、チーズの歴史から、チーズの製法、チーズの種類、チーズ開発の考え、コンセプトなど多岐にわたるものだった。とても短い間にカバーしていただける内容ではなかったが、それを素人にも理解できる内容に噛み砕いて、楽しく、明快にプレゼンテーションしていただいた。

日本でもほんとうに普通に食卓に上がるようになったチーズ。自分も大好きな食材でありおつまみだ。小さな頃は父親の酒のつまみ程度の認識しかなかったのだが、いまやあたりまえの食材になった。
それなのにチーズについては、多少の種類を知っている程度で、ほとんど知らないことに気づかされた。
チーズの原型なるものが、日本に初めて渡ってきたのが、なんと飛鳥時代。西アジアから中国、朝鮮を経て伝えられた。現在のチーズの原型は、明治初期、アメリカ人エドウィン・ダンによってその製法が伝授され北海道で作られた。
現在のようなチーズが日本で作られて136年になるが、田中所長がおっしゃるには、まだ日本では本物のチーズ文化が育ち、本当の意味でおいしいチーズが食べられているとはいえないという。
それは、日本では食べられているのはプロセスチーズで、旬が命のナチュラルチーズが食される環境がないということだ。

田中所長は、これまでチーズを歴史的、食品化学的、生理学的など総合的に研究し、商品開発を行ってこられたが、これからもチーズの本場イタリアやフランスのチーズの受け売りではなく、真のジャパンテイストのチーズの開発に励んでいきたいとのことだ。

田中所長の講演のあとに、お待ちかねの試食タイムが設けられたが、それはそれは、どれもおいしいチーズばかりで、楽しい講演とあわせて至福の時間を過ごさせていただいた。 残念ながら試食させていただいたほとんどのチーズは限定生産されたものや、ナチュラルチーズで既存の流通ルートでは販売されていないチーズだ。欲しければ、雪印メグミルクの小淵沢のチーズ研究所に行って購入するしかないようだ。
今度、是非研究所に見学に行きたいと思う。

スポーツ中継は選手が主役

テレビを見なくなった。生活パターンが変わったせいもあるが、それほど見たいと思わない。
地デジに変更になって事務所にテレビも置いてない。不便とも思わない。

巷でも、雑誌などでもテレビの不振が話題になっている。
かつては、昨日のテレビの番組が話題になった。
ドラマをファローしていないと、会話についていけない、なんてことも今は懐かしいかぎりだ。
しかし、それも当然という最近のテレビコンテンツの不甲斐なさである。
同じような報道姿勢、質の低い娯楽番組、どれもこれも見なくても充分楽しく生活できる。

しいて見たいと思うのは、スポーツ中継、ニュース、BSのドキュメンタリーだ。
スポーツ中継もサッカーなどはスポーツバーへ行って見る。 一人で見るより臨場感がある。

昨日、女子バレーボールのワールドカップを見た。
日本が強豪アメリカに快勝した。躍動する選手の姿がすがすがしかった。
少し前のバレーボール中継と違った。 そこにはアイドルタレントの姿がなかった。ほっとした。

以前、ある記念講演会場でパネルディスカッションを見た。
そのなかでスポーツ中継が話題になった。
あるパネリストが「スポーツ中継にアイドルタレントを起用するのは、普段興味のない方など、より多くの方に少しでもそのスポーツを見ていただきたいからだ。」というような発言をした。
その発言には、かなり違和感を感じた。
その方は、監督として大学ラグビーや社会人ラグビーチームをトップに導いたスポーツ界でも有名な方だったからだ。
いまは、テレビ局の社員という立場だからだと思ったが、視聴率ありきというテレビマンらしい発言に興ざめしたことは記憶に残っている。
当時すでに、アイドルタレントを頻繁に登場させるテレビのスポーツ中継にかなりの批判がでていたのだが。
ただ、そのディスカッションで、かつての世界的トップランナーのS氏がその発言に猛然と反論した。これには溜飲が下がる思いをした。

昨日のバレーボール中継は、かつてとは違った。やっと正常にもどった。
はつらつとしてコートで躍動する選手が美しい。主役は選手だった。

お気に入りのアウトドアグッズ

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トレッキングには水分補給用の水筒(ウォーターボトル)は必須だ。
ボトルは結構な数を持っているが、今気にいっているのが、PLATYPUS(プラティパス)のウォーターコンテイナーだ。
プラスティック素材を重ね合わせて作られている、ビニールバッグ状のものだが、使い勝手がよい。
一見、「大丈夫かな、水もれがしてくるのでは」と思ってしまうが、耐久性にすぐれ、ペットボトルなどよりはるかにしっかりしている。
水を入れても形状がフラットなので、ボトルと比べて、バックパックにフィットしやすい。容量も05ℓから2ℓまで種類があり、充分である。水分を消費するごとに小さくなるので、バックパックのスペースに余裕が生まれてくる。
また、最近は、飲み口(キャップ)やハイドレーション用のチューブをなどのアクセサリーも
充実してかなり便利になっている。

小さいアウトドアグッズだが水関係のものは大切なので気にいったものはかなりヘビーに使う。そういったわけで、PLATYPUS(プラティパス)は、ことしは、かなり使い込んでいる。
トレッキングの友として必ずお伴頂いている。
PLATYPUS http://www.e-mot.co.jp

トレイル、山 は誰のもの

トレッキング大岳山(週末は、元気な山ガールがトレイルを席巻)
天気のいい週末には、そこそこ名の通った山は、かなり賑わっている。今年にはいってさらに顕著だ。
山ガ―ルブームもあって、30,40代の女性ハイカーがかなり増えた。地味なオジサンハイカ―と比べ、明るいカラ―のウエアやバックパックの山ガ―ルは、トレイルの花だ。
幅広い世代の人が自然のなかで行きかい、自然を楽しむのは素晴らしい事だと思う。
(残念ながら、女子より若い男子は少ない。山でも女子パワーがまさっているのは、少し寂しい。)

ハイキングやトレッキングが人気になるにつれ、登山道周辺の駐車場も結構いっぱいになっている。無料の駐車場も多いが、まれに駐車料金をとるところもある。確かに、無料の方が嬉しいし、他は無料なのにと一瞬むっとしてしまう。しかし、冷静になって考えてみると、ハイカ―が増えてくれば、当然場所の管理や整備なども必要になる。山岳地ではシーズンに入る前に整備も必要となる。
そういった整備、管理のための費用は誰が負担するのであろうか。

山は誰のものであろうか? 多くは国有地や公有地、そしてそれらの間に様々な形で民有地(地主さんの土地)が存在している。我々が歩く(走る)トレイルもほとんどが国、地方公共団体、私(個人または法人)に属している。
国、公有地内のトレイルであれば基本的には自由に歩くことは許される。しかし、私有地の山には入ることは許されない。しかし、現実には地主さんの許可なしに山に入っている。ほとんが地主さんの好意で黙認して頂いている。

では、トレイルの整備はどうなっているのか。トレイルの整備は、たいてい国の山林、公園管轄の地方事務所や市町村の山林、登山道の管轄部署や地域の自然保全目的に活動するボランティアグループなどがシーズンはじめに整備してくれている。その費用と作業は、その人たちの負担となる。

もし、そういった管理・整備作業を行っていただけなければどうなるか。トレイルはわずか一年で、全く歩けなくなってしまう。雑草が生え、木が倒れ、雨水や雪解け水で地面がえぐられ、岩が転がった状態になる。50m進むのに、1時間を要するなんて状況になりかねない。トレッキングもトレイルランもできたものではない。
たくましい山ガールも10mも行けずに悲鳴を上げるに違いない。

国土地理院の正式な地図には、全国の山々の登山道が記されているが、地図上に載って
いても途中で不明になっている登山道がある。かつてあった登山道や古道が、整備されずになくなってしまったのだ。
トレイルの整備は、それこそ人力により地道に行われている。地域の費用や、ボランティアの労力と費用で行われている。舗装されてない道とはいえタダで整備されているのではない。

以前、アウトドア研究家のTさんがオーナーのキャンプリゾートでトレイルランニングの大会が行なわれた。
大会前に、何組かのトレイルランナーが試走をしたいという事で、キャンプリゾートに来た。「施設内の駐車は有料¥1,000(シャワー付き)です。」と言うと「えー有料なんですか?」という反応。
「大会前日、当日は無料です。トレイルには私有地のエリアもあり、地主さんには当日使用という了解を頂いておりますので今日はすべてのトレイルの使用はできません。」
というと「どこかタダで駐車できる場所はありませんか?」という質問。
Tさんは、あきれてものが言えなかった。
Tさんは、この大会にあわせて安全にトレイルランを楽しんでいただけるように、地主さんと交渉し、キャンプリゾート内も整備をすすめていた。キャンプリゾート内では、デイユースの方々には¥1,000(1日)の駐車料金を頂いている。

多くのハイカ―、トレイルランナーの認識では、「山を歩く、走ることはタダである。」
「お金をとるなんてもってのほか」という事らしい。

個人的には、山に入る、トレイルを使用するのは、原則として有料にしたほうがいいと考えている。山は手を加えなければ、人間の無節操な利用により環境が破壊され、荒れ放題になる。自然保全を考慮した、駐車場、トレイル、トイレ、標識、避難所の設置や整備など様々なインフラ整備には当然費用がかかる。それを一部受益者負担にするのは当然であろう。それは今、世界的な流れになっている。
自然を楽しませてもらっている、それに費用を払うのは当然である。

トルティア好き

トルティア&焼肉
一頃前、カルフォル二アの小洒落たデリーなどで、ラップものが流行っていた。旬の野菜にハム、ビーフ、サーモンやチーズ、ベジタリアン用にはライスやビーンズ等をトルティアやライスペーパーでノリ巻きのように包んだものだ。
オイルをあまり使わない調理なので、ローカロリーな、女性に人気のテイクアウトメニューだ。
そのトルティアだが、最近ちょくちょく買う。近頃は、スーパーなどにも置いてあるので、探さなくても手軽に手に入るようになった。

12年くらい前にメキシコに旅行した。メキシコシティーとプエブラという大学町に行った。
海外旅行の際には、必ず地元の市場や商店、スーパーを覗くことにしている。これが楽しい。一流ブランドが並ぶブティック街より、地元のマーケットのほうが面白い。メキシコでも、当然、地元の商店を覗きまくった。
ある朝、メキシコ在住の義理の妹が買い物に行くというので連れて行ってもらった。地元で人気のトルティア屋さんにトルティアを買いに行くというのだ。街中の一角にトルティア屋さんはあったが、看板もでていないので地元の人にしかわからない様な店だった。店の前には、お客さんの行列ができていた。飾り気のないがらんとした小さな店内では、おばさんがせっせとトルティアを、年季のはいった鉄板の上で焼いていた。脇には、丸いトルティアが山のように積まれていた。
メキシコでは、トルティアはパンがわりと聞いていたが、お客さんはそれこそひと山ごと買っていく。アメリカのスーパーにも30枚くらい重ねられたトルティアが売られているが、そんなものではない。枚数にするとおおよそ50枚以上だ。
メキシコでは、レストランでも必ずトルティアが出てくる。頼まなくても出てくるという感じだ。

そんなわけで、トルティアが身近になって以来、我が冷蔵庫には必ずトルティアが置いてある。(自分でメリケン粉をこねて作ってみた事もある。それなりに美味しかったが、どうも本物のトルティアのような適度な薄さにならず、売り物にはかなわないので最近は作っていない。)
トルティアは、トウモロコシの粉か小麦粉で作られた2種類(コーントルティアとフラワートルティア)あるが、日本ではコーンの方はなかなか売っていない。いすれにしろ、トルティアは腹もちがかなりいい。大き目のトルティアに具材をまいて2個も頂くとお腹いっぱいになる。

アメリカで有名な、トップレベルのトレイルランニングの大会でウエスタンステイツという大会がある。かなり前、20年ほど前だが、その大会の初期のころ、メキシコの山岳部族の選手が参加していた。彼らは、もともと高地に住んでいて長距離を走ることが生活の一部である。その部族から、選ばれた選手2名が参加していた。
レースでは、その2名の選手が終始アメリカのトップ選手と先頭争いをしていたが、最後に、レース展開に長けたアメリカの選手に振り切られた。しかし、頑張って2位と4位でフィニッシュしたように記憶している。(前年の大会ではメキシコの選手が優勝したらしい)
そのレースで、彼らメキシコ山岳部族の選手は、エイドステーションにトルティアラップの補給食を置いていた。レースは160㎞の長丁場。エイドステーションにはたっぷりと食べ物や補給食が用意されている。アメリカの選手は、パワーバ―やナッツなどのはいったバ―や果物等をとっていたが、メキシコの選手は、トルティア巻きをがっつり食べていた。彼らにとってトルティア巻きは、自分達にとってのオニギリのようなものなのだ。

トルティアの食べ方だが、肉などを巻いて調理したり、スープに入れたりすることもあるが、多くの場合、手軽に具材を巻いて食べる。
トルティア好きの自分としては、いろいろ試してみた。タコスやファヒータ等のメニューでなくても、バーべキューに用意してもいい。お肉やソーセージ、それにちょっと野菜を巻いても美味しい。以外といけるのは、焼肉だ。お肉とサンチュウを巻いて食べるとおいしい。焼肉好きには邪道といわれそうだが、美味しいものは美味しい。
できればスライストマトを加えればなお美味しい。

トルティア好きの自分だが、最近、顔まで南米山岳系になってきたとよく言われる。
本望である。

トルティア
(近くのスーパーで手に入れたトルティア)

田舎か東京か

田舎に居を構えて思う事の一つは、田舎とは、都会とはなんだろうか、という事だ。何故都会に、特に東京に住んでいたのだろうか、住まなければならなかったのだろうか、なんとなくと考えている。
それは、明らかに自分が年をとった事に起因しているのだろう。

今の自分にとって、以前ほど東京に魅了を感じていない。以前なら、なんだかんだで東京でしょうであったろうに。転勤族の子であった自分は、東京を含め各地を転々とした経験がある。(以前は転勤族なんて考えられず、オヤジが転勤すれば家族は一緒に引っ越すのがあたりまえだった。)
東京にそんなに離れていない地方であっても、東京への憧れ、東京の持つパワーへの畏敬は大きいものがあったし、それを切に感じた。
ひとつには、東京という都市が、世界的に見ても稀な都市であったからだ。東京は、アメリカの都市機能からいえれば、ワシントンDC、ニューヨーク、シカゴをあわせたようなで都市で、ある面LA的な要素も持ちわせている。
では大阪はというが、大阪は日本最大の地方都市に見えるし、事実そうである。東京とは違う。(人々の生活も、 スタイルカジュアルだし、信州とかわりない。だからこそ面白い)

また、明治以来今日まで、欧米の社会システムやスタイルを、もちろん全てではないが、積極的に取り入れようと邁進してきた時代の流れ中で、東京がその中心地であり、東京でなければ欧米的スタイルを知り得ず知り、東京こそ実感できる場所でもあった。語弊もあろうが、欧米スタイル、文化は、東京経由で全国へ伝播していった。
東京へ来れば欧米スタイルの疑似体験ができた。また、現在のような情報化社会、公共交通網が発展途上であった時代にあっては、すべてが凝縮されている東京は、経済活動の効率化という点でも極めて質の高い都市であった。
それが日本の高度成長時代を支えてきたと言っても過言ではない。

しかし、いまや時代は流れた。海外からの文化の伝播や交流は、東京経由ならずとも、人的交流を含み、地方直で行われている時代に入った。一方、東京も成熟し、昔とは変わった。東京も日本の中心地というより、気取らない町になった。東京から、江戸になったともいえる。
かつて田舎の人間、田舎から来た人間にとって、東京は唯一最強の格好いい町であった。しかし、東京は、いまや昔の、格好良い町ではない。下町は、ほとんど田舎と同じ。流行の発信地と言われる町には、ビッグマネーや成金マネーが作ったわざとらしいものがあるだけ。盛り場は有象無象の輩が徘徊して居心地が悪いし、周辺のレジデンスエリアはどこも没個性に装いを変えた。
「東京の若者のファッションが格好いい」えーどこがですか?。 どう見ても皆同じ。
実体のない個性を口にする。メディアとファション屋さんに操られて同じスタイルをすることが格好いいのだろうか?

田舎にだって、いまだに疑問がある。旧態以前とした考えや仕事の進め方を変えない。伝統文化を守る事と悪習や悪い様式が表裏一体となっている。とくに、そこそこ繁栄した経験を持つ田舎が始末に負えない。過去を捨てきれない。年寄りが威張って変えようとしない。変えるだけが未来への道だとは言えないが、伝統と文化を守るためには、悪習は捨て去り未来へ繋ぐための自己変革が必要だ。(これはいまに始まったことでもないが)

それでも、今の田舎のほうが未来への可能性を秘めている気がする。確固たる理論的裏づけがある訳ではないがそう感じる。
端的にいえば、東京にはお金だけが要るからだ。お金がすべてである。お金があれば極端だが全てが解決する。反面、価値基準がお金だから、非常にクリアである。
かつてNYマンハッタンに行った時、面白い街だが、お金が全てだなと感じた。お金がそれなりにあれば充分楽しめる。しかし、なければつまらない町だと感じた。

東京は、煎じつめば、教養も、知力も体力も、想像力も関係ない、お金がなければ生きていけない所である。
田舎は、生きていく工夫や体力があれば生きて行けるし、因習的な縛りがあって狭い世間に息苦しさを感じる面もあるが、それがお金がすべてという価値観を少しでも緩めている要因にもなっている。

どちらがいいかは、その人個人の価値観によるだろうが、自分は田舎に未来の可能性を感じる。
ただ、情報化社会がすすめば、どこでも仕事ができるというような事が喧伝されたが、実際はなかなかそうならない。情報化により田舎でも仕事ができる。田舎でも仕事が出来るといわれた。
しかし現実は、情報化進むにつれて気持ちがコンサバティブになりかえって、外に向かうパワーがそがれているような気がする。

田舎、地方が活性化するには、まずは若い人たちが、UターンでもJターンでも、移住でもいいから移り住んで、新たなビジネスなり生き方なりトレンドを生みだす必要がある。
それには我々を含む頭の硬いオヤジや年寄りがそういった土壌を生みだしていかねばならない。

画像(スカイツリ―ははたして新しい価値観を生みだす東京のシンボルになれるのか)

もっと信州、上田を知ってもらおう

毎週上田に戻る生活をしている。子供のころから、半世紀にわたりお盆と正月には訪れていた故郷のような場所なのに、まだまだ知らないところも、風景もいっぱいある。
秋を味わうのは初めてなので、今の情景はとくに新鮮に映る。

上田は、小さな田舎の街なのに色々ものが詰まっている。東京から僅か1時間20分程度の距離であるが、この田舎の小都市には、歴史、自然、日本の原風景などがコンパクトに集約され、アレンジされている。さしずめ盆栽のような街だ。

他から、上田に移り住んだ人に聞くと、「因習的な面もあるが、本当に住みやすい町だ」と言う。たしかに、生活コストも首都圏と比べて安く、ショッピング環境もいい。自然豊かで、晴天の日が多い。
他から上田に移り住んだ人はこんな事も言う。「いろいろ観光資源があるのに、結構知られていない。特産品、農産物もあり、温泉も豊富で、歴史も文化もあるのに」
上田の人は努力しているだろうが、どうも外への働きかけがもの足りない。

戦国武将、歴女ブームにも乗り遅れた。上田が誇る、戦国武将、真田幸村は、つねに人気上位の武将だ。日本人好みの「小よく大を脅かす」を実践した、勇猛だが知に優れた武将として知られている。かの歴史小説の大家、池波正太郎氏も好んで題材に取り上げた。
「そういえば、忍者の猿飛び佐助や怪僧、三好青海入道も真田幸村の家来だったなあ」
そんなネタに溢れているのに、上田はどうも認知度が低い。

戦前は、当時日本の代表的産業であった繊維産業の中心地だった。交通インフラの電車網も発達し、上田丸子電鉄が上田中心部と周辺地域をつないでいた。戦後は、繊維産業からエレクトロ二クス産業への転換がなされ、長野県の中核都市になった。決して過疎化のすすんだ地方都市でもない。それでもあまり知られていない。

自分達が毎年開催する「別所線と走ろう、歩こう、RUN & WALK」では、少しでも地元上田を日本中に発信し、多くの方に上田に来て、楽しく健康的に過ごして頂こうと思っている。幸い地元の志のある方々が、応援して下さり「おもてなしのこころ」で参加の方々を迎えてくれる準備をすすめていてくれる。イベントは、来て下さる方々、ホストする方々、双方が楽しく、元気になることが一番だと思う。

こんな小さな試みでも、継続して行い、しいては上田の認知度が上がる事に少しでも寄与できれば幸いだ。
上田城
上田城は、1583年真田幸村の父、真田真幸によって築城された。現存するのはお城の櫓の部分だが、築城当初から天守があったかどうかは議論の分かれるところらしい。

東京マラソン一考

FH010025.jpg(第3回東京マラソン 豊洲付近)
気温が下がって秋も深まってきた。いよいよマラソンシーズンだ。
最近は、ランニングブームで季節も関係なくランニングイベントが開催されているが、なんといっても、気温が下がってきた秋が走りやすい。11月に入って、神戸、大田原、つくば、河口湖など、規模の大きな市民ランナー参加のフルマラソンが目白おしだ。

昔より、マラソン大会の数は増えたが、フルマラソンとなると開催数がそれほど増えたわけではないので、急増したマラソン参加希望者を受け入れきれないのが実情。そのため人気の大会は、受付開始日ばかりか、へたをすると受付開始数時間で申込〆切になる。人気歌手のコンサート予約並みだ。

東京マラソンは当初から抽選だった。一回目は確か3倍程度の倍率だったが、いまや9倍10倍になっている。出場の当落が決まる10月の頃には、当たった、また今年も外れたと、ランナーの間ではそんな話題でもちきりとなる。

かつてランナーの間では、何故東京にシティーマラソンが行われないのか、と疑問に思われていた。世界の主要都市のほとんどで市民マラソンが開催されているのにもかかわらず。警察がOKをださないとか、都心部を何時間も交通遮断できないとか、ネガティブな、理由が語られていた。
しかし、石原都知事の鶴の一声で開催が決まった。オリンピック招致という目標がありその一環だとしても、東京マラソンの開催は、石原都知事の最大の功績だと思う(言い過ぎかもしれないが)。
年間で1日くらい、それも日曜日に、都心の道路の交通を遮断しても、全体としての経済効果や環境効果を考えれば、素晴らしいアウトプットを生みだしていると思う。何故もっと早くと出来なかったのかと言いたいぐらいだ。

3万以上の人々が頑張ってフィニッシュするのは、素晴らしい。
普段は走れない都心の観光、ショッピングエリアを道路側から見て走れるのは気持ちがいい。
しかし、疑問に思うのは、テレビ関係者の参加である。タレント、局アナなどたいしてトレーニングをつんでもいないのに何故参加するのだろうか?彼らの疲労困憊でのフィニッシュやタイム制限にひっかかる姿など見せられてもなんの感動もない。その分、しっかりトレーニングつんでいる市民ランナーに走るチャンスを与えてほしいと切に思う。

それに、前半のタイム制限をもうすこし厳しくすべきである。例えば、ハーフでのタイム制限を3時間とし、そこまで走りきれないすでに歩いているランナーは、マラソン大会としては排除すべきである。その後はウォーカ―として完走を目指してもらうようにする。(マラソンでの完走ではないが、大会には参加したとするなど)
はっきりいってハーフの距離を走れない能力でフルマラソンに参加するのは許されない事であり、無謀であると思う。
フルを走る為には、少なくともそれなりの練習や距離を走って臨むべきだと考えるからだ。ただ流行っているから、多くの人が完走して嬉しそうにしているからだけで自分でも出来ると思いこんで参加する、そんな安易な気持ちで参加すべきでない。
すべての人間に、レベルの違いこそあれフルマラソンを完走する潜在能力はあると思う。しかし、それは自分なりの努力と準備をしてはじめてできるのだ。2,3か月前から走り始めた程度で、ハーフの距離もこなせない人が参加すべきでない。すべての人が参加できる資格がある。それはそれなりのトレーニングをつんではじめて
言える事だ。
マラソンは競技である。ウォーキング大会とは違う。そこを理解して参加してほしいと思う。キャッチボールがろくにできない人間がたとえ草野球大会であれフルに参加できるだろうか。サイドキックもできない人が草サッカー大会にフル出場できるだろうか。
メディア関係者であろうが、タレントであろうが、参加する以上は同じだ。

トレイルランニングへの提案

最近、比較的人気の山へいくとトレイルランニングを楽しむ人の姿をちらほら見かけるようになった。土日、休日の高尾山、陣馬山などの東京から近い山ではかなりのトレイルランナーがいる。
都会を離れて、自然のなかで、風を感じながら走るのは格別である。走るというより自然と戯れる感触が、身体に厳しくも気持ちに優しい。

トレイルランニングを知ったのは、20年近く前。カルフォル二アのシェラネバダ山地やソルトレイク近郊のトレイルでボトル片手に走るランナーを見かけたのが初めてだった。その後、アメリカの展示会で、トレイルを走るというシューズが紹介されていた。その折、ローカルなトレイルランニングの大会にも出てみた。
マンモストレラン

当時は、ランナーというより、スキーヤーやMTBライダー、熱心にフィットネスに励む人々がトレーニングの一環として山を走っていた。同時期に、アウトドアクロストレーニングという考え、すなわちアウトドアで身体を鍛えようというトレーニングの1つとして、トレイルランニングが提案されていた。
ヨーロッパでは、以前から山岳マラソンはすでに行われていたし、日本でも富士登山競争など山岳レースは行われていた。しかし、山を自由に楽しく走るというスタイルは、トレイルランニングが生み出したものではないかと思う。それは、山の楽しみ方や登山のスタイルの違いからでてきたのだと思う。

最近の日本のトレイルランニングシーンは、変質してきてしまったように感じる。かつてトレイルランニング大会などを企画運営した経験から思うのだが。
自然の中で身体を動かす歓びを感じるという事より、大会参加志向、コンペティション志向に流れすぎているように感じる。トレイルランニングというスポーツ自体、競うという競技大会にすることになじまないものではないかとも思ってしまう。

競技色が強くばればなるほど、競技する場、フィールドの整備が行われ、安全のための様々な方策が求められる。また、大会志向が強まれば、参加者も増える。はたしてそれらが、山に対して、自然に対して、環境保全という観点からローインパクトなのか、共存できるのか、はなはだ疑問に感じる。

当然、大会主催者もその点は考慮し、管轄の環境事務所などの指導を受けているとは思うが、それでも数百人以上、ときには千人あまりの人間が数時間以内に走り抜けるのである。インパクトがないとは言えない。

頑固な環境原理主義者ではないので、トレイルランを否定するものではないのだが、20年前からトレイルランニングを知って、その良さや楽しさを知っている者としては、現在の日本のトレイルランニングのマインドには疑問を感じる。

「私は、トレイルランナーです」といわんばかりの、ほとんど決まり切ったウエアリングとスタイル。もくもくと他のハイカーの横をすり抜けるように登り、駆け下りていく。
呼吸があがり、心拍数も高くなり、他のハイカーに一声かける余裕がないのは解るが、山での人との触れ合いを避けているような態度だ。
「自分達は、格好良い事をやっているんだ。」といわんばかりの勢いだ。
人の行かないトレイルに行ったらどうですか と言いたくなってしまう。

自然のなかで自分を解放し、楽しむことは、大会に出ることで得られるのではない。
自然と向き合い、自然のなかで遊ばせてもらう感謝の気持ちで、身体を動かす。自然は競う場ではなく、自分を高め、見つめる場である と思うのだが。

ソロでもいいし、少人数でマウンテンツーリングというスタイルでトレイルランニングを楽しんではどうだろうか?
走力や体力に応じてルートや時間を設定してもいいし、2,3泊のロングツーリングにしてもいい。山岳でなくても、海岸沿いの丘陵でも、里山を巡るルートでもいい。
工夫次第で、より広範にランニングで自然を味わえる。 そういうトレイルランニングこそ格好いいと思う。

Salt トレラン
(記録を気にするでもなく、皆でトレイルを走る。それだけが楽しいトレイルランだと思う。アウトドアリテ―イラ―ズショ―恒例のトレランイベント、2001)

自転車を道路の主役に

自転車がメディアで頻繁に取り上げられている。
これまで、身近な乗り物にもかかわらずあまり取り上げられることもなかったので好ましい事だと思う。
ほとんどの内容が、「自転車は法律では車両と規定されており、違反行為には罰金、刑罰を科せられる」というものである。また、歩行者に損害を与えた場合にかなりの補償金を支払うケースもあるということも伝えられている。

それでも、まだ街中では、信号無視、逆走する自転車が散見される。これまで多くの人々が、「自転車は歩行者と同じ」と認識し、ママチャリを日常使用していただけに、短い間に認識が変わるとは思えない。しかし、徐々に法令、マナー遵守に変わっていくことが望まれる。

意識を変える事は、可能である、日本では。 駐車違反、飲酒運転のケースがそれだ。違反摘発がかなり厳しくなったことで、多くのドライバ―が気をつけるようになった。厳罰化、摘発強化と教育、周知徹底で意識は明らかに変わってくる。

それ以上に課題として残るのは、自転車が安全に走れる専用レーン、道路の整備である。さらに、車側、ドライバーの意識を変えることだ。高度成長時代以来、この国では車中心の道路行政、道路づくりがなされてきた。
車が王様で、歩行者その他、いわんや自転車などは、端に追いやられてきた。
ドライバーにとって、「自転車は邪魔だ。危ない。」という認識だ。
「車も自転車も同じだ」という認識にならないといけない。

大都市では、車を規制し、自転車を走りやすくするなどの大胆な施策を行ってもいい。都心部では緊急車両、公共交通車両、運送車両、その他高齢者、幼児、児童、学生移送車両以外の車の使用制限をしてもいいくらいだと思う。現実に、ドイツやアメリカの、特に、進んだ環境行政をすすめている都市では自転車利用の為のインフラ整備を大胆に行っている。車の中心部への進入を制限している場合もある。

自転車は、環境、健康によいコミューターであるばかりか、経済的であり、便利である。東京都内の10キロ以内の移動では時間短縮できる。
自転車利用を促進する事は、環境を重視して、利便性を追求することになる。
たかが自転車だが、これが日本の交通行政を見直すきっかけになると思う。

子供達とキャンプ

西湖カヌー
約束していたキャンプイベントがキャンセルになったので、日を改めて友人の子供達とキャンプに行って来た。
場所は、西湖。カヌーとトレッキングを楽しむ予定だったので、以前よく行った西湖に決めた。土曜の午前中の渋滞を避けようと、早めの出発を目論見「出発は、早めるよ」と決めた。それにも拘わらず、決めた本人が忘れ物をして遅刻。チリビーンズを作ろうと思っていたのに鍋を忘れたのだ。主催者としてあるまじき失敗だ。
結局、東名と御殿場ICから山中湖への渋滞に巻き込まれて、当初の予定が狂ってしまった。当初の予定は、10時前に現地に着いて、紅葉トレッキングで西湖北側の十二ガ岳へ登り、日曜にカヌーという事だった。

富士吉田に着いたのがお昼前。罪滅ぼしに、B級グルメで有名になった、おいしい富士吉田うどんを御馳走しますよと、富士急ハイランドよりすこし山中湖寄りで国道から住宅街に入ったうどん屋さんに向かった。すると、すでに店からお客さんが溢れていて、長い行列ができている。
「どうする。列ができているから、帰りにしようか。」なんとか、子供たちの賛同を得て
ほかで昼食をとった。

午後イチで、西湖に到着。荷物を下ろし、タープとテントを設営。子供達も、積極的に手伝う。フィールドに着くと、子供たちの表情が明らかに変わり、生き生きしてくる。所作、動作そのものが活発だ。アウトドアドアとは、パワー与えてくれる魔力があるな、つくづく感じる。
西湖家族カヌー


スケジュールを変更して、カヌーを楽しむ事にする。ダガ―のカナディアンカヌーをレンタルして、湖面に漕ぎだす。少し肌寒いが、ほとんど風もなく快調だ。午後になると風が出てくることもあるが、今日はそれもない。
湖を囲む紅葉の山々と静かな湖面のコンビネーションが目に優しい。カヌーを漕ぐ自分達自身が、自分達に酔ってしまう。そんな気持ちにさせてくれる。

自分達がキャンプ場に着いた時にはすでに、多くのキャンパーが設営を終えて、それぞれにくつろいでいた。
しみじみ思うが、20年余り前にオ―トキャンプブームがあったが、そのころと比べると、スタイルも進化したし、オシャレになってきた。「キャンプに来たぞ」みたいな気負いもないし、みんな快適そうに楽しんでいる。
ただ、多くの人たちが、土曜の午前中に来て、翌日にそそくさと撤収し、帰宅しているようだ。
それが、なにか物足りないというか、もっとゆったりとキャンプを楽しめるような社会的風潮になってほしいと願うのだが。そういう自分達もわずか1日で帰らざるを得ないのである。
この点は、20年前のオ―トキャンプブームの時となんら変わりない。
日本でゆとりを持ってアウトドアを楽しめることに、いつになったらなれるのだろうかと、ふと思ってしまった。

疲労回復に最強のコンビネーション、VENEX & SKINS

信州での数日間のうち1日は必ず山に登る。登山家ではないので、ハードなクライミングはしないが、おおよそ3時間から5時間で登って降りてくる。たいてい往復行程のいわゆるピストンになる。
どうしてもこれまでのスポーツ歴やトレーニングオタク的な思考から抜けきれないのでエクササイズを意識したトレッキングになる。登りは心拍数を意識しながら、「効いている」事を意識しながら登ってしまう。
アホだなと思いながらもそうしてしまう。そうであっても、山の景色は楽しむので、気持ちはいい。

50歳を遥かに超えたので、どうしても自分の能力(総合的体力や運動に関連するその他の能力)の低下は気になる。それに言い訳をしつつ、最近はそれを補うべく様々なギアに頼っている。

最近頼りにしているギアスタイルは、オンにSKINS、オフにVENEXだ。
トレッキングやカヌー中は、SKINSを着用する。適度なコンプレッションが、筋肉を締め付け、やる気にさせてくれる。オッサンのやわになった関節、筋肉周りをホールドしてくれるのも頼もしい。
そして終わったらすぐに、コンプレッションから身体を解放させてやる。気分がなごむからだ。

信州ではアクティビィティーの後は、温泉だ。
温泉に浸かってのんびりした後は、リカバリーウエアのVENEXにそでを通す。
ロングスリーブ&ロングタイツ。翌朝までこれで過ごす。

そうすると驚くべき事が体感できる。翌朝、身体のだるさ&筋肉痛がないのである。
だまされたのか?SKINSと、特にVENEXに。
でもだまされてもいいじゃないか。筋肉痛とダルさがないのだから。
残ったのは、昨日見た美しい山のメモリーだけなんだから。

VENEXウエアは不思議なシロモノだ。
どうやらVENEXは、アウトドアスポーツ好き、トレーニング好きのオッサンには、身から離せないモノになってしまったようだ。

VENEX 私物
(くつろぎの時間にはVENEXが離せない)
SKINS 私物
(朝、SKINSを着て山を目指す)

愛すべきローカル電車、別所線

18.7.25塩田平を走行する7200系 001s
JR上田駅と信州の名湯、別所温泉を結ぶ上田電鉄別所線は、今年で運行開始してから90年を迎える。
かつて上田電鉄(旧上田丸子電鉄)は、国鉄上田駅を中心に周辺の丸子、真田、青木などの町村を結ぶローカル公共交通として活躍してきた。戦前は、山手線のようにループ状に市街地を結ぶ計画もあったらしい。
残念ながら、車の普及とその影響により各沿線は廃線となり、残るは別所線のみとなった。
現在、別所線は、市や沿線住民の存続支援活動や、運営する上田電鉄の努力により運行は続けられている。

朝は、車での渋滞を避けたい通勤客や通学の中高生が僅かながら増えている。
昼は、塩田平や別所温泉を訪れる中高年のグループやご夫婦が車窓を眺めながら和やかに過ごす姿が見られる。それに、町に向かう学生が加わる。車内では、都会の喧騒から離れて安らぎと癒しを求めて来たプレミアエイジの人々と、町の雑踏に夢と希望を求める若者の思いが交錯する。半世紀、孫ほど歳の離れた人々がそれぞれの時間を車中で過ごす。のどかな別所線の昼間の一時である。

春原駅長(別所線名物、春原駅長のハーモニカ演奏)団体さんの乗車事にあわせて随時


我々が主催する4回目を迎える、別所線と走ろう、歩こうRun & Walkは、別所線の未来を見据えて別所線の記念日、5月25日にちなんでに開催する。回を重ねるごとに参加者も増え、のどかな別所線の沿線を楽しんで頂いている。
のどかな田園での触れ合いは、自然との触れないでもあり、人との触れあいでもある。
来年は、5月19日(土)に開催する。

中塩田駅
(中塩田駅、昭和初期より変わらない駅舎のカラ―リング妙にオシャレです)

快晴、秋の浅間山

浅間山 前掛山(ト―ミの頭の手前から浅間山(前掛山)を望む)
時間があったので、思いついて浅間山、正確には古い浅間山旧火山の一部である
黒斑山から蛇骨岳に登ってきた。本当は、黒斑山から仙人岳、Jバンドを経て、湯の平から前掛山まで登る予定でいたが、所要時間を甘く見すぎていて、途中で断念し、引き返してきた。
それでも、秋晴れの浅間山一帯の眺望は素晴らしく、大満足の3時間半の行程だった。

車坂峠ビジターセンターに駐車し、まずはビジターセンターでトレイル情報を得ることにした。そこで、ガイドと指導員をしておらえる清水さんに会った。清水さんとは、以前、菅平で中学校のガイドを一緒にさせていただいた。清水さんは、山岳ガイド経験も豊富で、東信州の山々を熟知しておられる方だ。

今回も清水さんから様々な事を教えて頂いた。
浅間山は、新しい火山で。周りの黒斑山のほうが古い火山である。この浅間山火山の北側に連なる烏帽子岳、湯の丸山、東篭ノ登山、高峰山なども古い火山だそうだ。現在の浅間山の中心、前掛山山麓の湯の平には、古い火口であるクレイタ―がいくつかあるらしい。ただ山に登るだけではなく、こういった予備知識を持ってトレイルを歩くとより楽しめる。

浅間山は雄大な山容を誇るだけではく、周辺の旧火山にも見ごたえのある山々が連なっている。それほどテクニカルな登山ではないので、次回は余裕のあるスケジュールを立てて浅間山ラウンドコースを巡ってみたい。

黒斑山頂上(黒斑山頂上からの浅間山)
車返峠ビジターセンター(車坂峠ビジターセンター:きれいな施設でカフェも併設されている)

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