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古い町並み保存に未来が

海野宿冬(薄化粧の、冬の海野宿)
地元上田市の隣に平成の大合併で生まれた、東御市という市がある。
旧東部町と北御牧村がいっしょになってできた平成生まれの市だ。その東御市に、海野宿という観光スポットがある。古い家々を保存、保全し、昔の佇まいを今に伝える美しい町並みのエリアだ。

海野宿は、北国街道の宿場町だった。北国街道は、江戸幕府によって整備された街道で、軽井沢の追分から日本海を臨む越後、直江津までつながり、善光寺街道とも呼ばれていた。
明治以降は、国道が整備され、鉄道(信越線)が敷設されて、宿場町としての役割を終えるに至った。
宿場町の旅籠は、信州で盛んだった養蚕を営む養蚕家屋に変わった。戦後は養蚕業が衰退し、古い建物だけが残った。
その昔の街道筋の町並みをなんとか残そうと、地元の有志を中心に立ちあがった。古い町並みを保存しながら、街を、地域を活性化し、未来につなげていこうという試みである。

その町づくりプロジェクトのコンセプトづくりから実施に中心的にかかわった、宮坂さんにお話を伺う機会があった。
このプロジェクトには30年あまり費やした。これからさらにこのプロジェクトを拡充、発展させるという。いまある数百メートルの保全地域をさらに北へ数百メートルを伸ばすというものだ。
国からはこういった町並み保存・再生にはそれ相当の補助金が賄われるらしいが、そのために基準にあった受入れ体制を整える必要がある。
そのためにすべき事。それは、すべての住民の賛同と意志の統一である。これが最大にして最難関の課題である。
住んでいる方々、土地を持っている方々には、それなりの考えや、生活設計がある。それを固め、街づくりをしていくことは大変な作業である。町並みを保存し保全していくためには、様々な制約があり、我慢しなければならないことが生じる。
それを納得してもらうためには、未来へのビジョンを明らかにし、すべき事をしっかり示さねばならない。すべての人が、自分の小さな利益や自由を抑え、大きな目標やビジョンに向かう決断をしなければ前にすすまないのだ。
江戸時代の殿様がその思いで断行したような、または一企業が、経営者の一存で決まるようなものではない。

未来へのビジョンを共有し、皆が決心した結果、街は素晴らしくなった。
海野宿へ足を運ぶと、緩やかな時間がながれ、ゆったりとした気分になれる。いにしえの人々の息吹が感じられる。素晴らしい町並みだ。
これは、人々の物欲や金銭欲が交錯する都会ではありえない事象である。短期的に目の前の利益だけを見ているだけではできない事である。

こういった街づくりこそ、今の日本に欠けていることだと感じる。
未来のビジョン、あるべき姿に向かって、目先にとらわれず、小さな利益に目を奪われず、決断し、実行する。それが今求められる未来への道ではないかと思う。

革新的な事、未来への道筋は、地方の小さな改革からはじまるのだろう。同じ事が今の環境問題、サステイナブルなライフスタイルづくりにもあてはまるらしい。
上田柳町(上田市内の柳町地区も北国街道の面影を残すエリアだ。)
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スノーモンキー 地獄谷

地獄谷サル1
長野県山ノ内町地獄谷温泉の野猿公苑。ニホンザルが温泉に入る事で有名な場所だ。
家内のアメリカの家族や、在東京の外国人から、「長野へ引越したの?Snow Monkeyは、
見た?」とよく聞かれるそうだ。一回は見てみたいというので、行ってみたというわけだ。

Snow MonkeyJigokudaniは、実際、外国人の間では有名な観光スポットらしい。
昨年こそ東日本大震災、原発事故の影響で減ったが、一昨年には、実に多くの外国人観光客が来訪した。

長野オリンピックも外国人が訪れるひとつのきっかけになった。
アメリカの3大ネットワークの一つ、NBCが、長野オリンピック開催時に、この地獄谷の、雪の降る中、温泉でくつろぐニホンザルを大々的に紹介した。(アメリカでは、オリンピックはNBCが独占中継している。)
オリンピック放映の番組タイトルバックにもこの温泉のサル達のシーンを使っていた。
動物好きのアメリカ人にはかなりうけたのだ。

地獄谷温泉、野猿公苑へは、上信越自動車道、信州中野インターから志賀中野有料道路を志賀高原方面へ向かう。信州中野の市街を過ごして、さらに志賀高原方面へ。しばらくすると路面に雪が残る登り坂にさしかかる。沓野渋インターで降りて、地獄谷温泉方面へ車をすすめる。野猿公苑のサインを確認しながら、それに沿って雪道をゆっくりと進む。車道のつきあたりに駐車場がある。かなり満杯だが、ラッキーな事に一台分が空いていた。

これから先は、横湯川に沿って雪道の林道を約30分、2キロ弱を野猿公苑まで歩く。
途中、アメリカ、オーストラリア、ユーロ系、中国系らしい人々とすれ違う。もちろん日本の観光客とも。噂には聞いていたが、確かに外国人の比率が高い。家内が、「おサルさんはいましたか?」と外国人観光客に聞く。「Oh, Yes」の答え。というのも、時間があわないと、サルがいない時もあるらしいので、ひとまず安心。

地獄谷温泉が見えてくる。温泉水が勢いよく噴き出している源泉口が眼下に見える。
少し急いだので、約20分で野猿公苑の入口の案内所(料金所)に着く。入場料¥500を払い、階段を下りていく。料金所の対岸にサルの温泉はある。
近づいていくと、毛皮をはおったようなたっぷりと体毛をはやしたサルが通路の目の前で雪をほじくり返して、一心に何かを探している。餌を探しているのか。

目的地のサルの露天風呂の周りには、すでに多くのホビーカメラマンや観光客がカメラを構えて撮影に夢中になっている。
驚くのは、目の前でカメラを構えて撮影しても、サルたちは平然と、ゆったりと温泉浴を楽しんでいることだ。
慣れているというか、人間に構わず自分達のライフをエンジョイしている。ボスらしき体格のいいサルもいれば、赤ちゃんを抱きながら面倒をみる母ザルもいれば、野天風呂の周りを元気よく走りまわる子供ザルもいる。
我々人間の生活を垣間見ているようだ。

野天風呂の脇に、管理されている方がいらした。いろいろお話をうかがってみた。
「ここには約160頭のサルがいる。最年長は24歳(人間でいうと70~80歳くらい)。
餌は朝9時、昼の12時、午後3時の3回、麦を与えている。夕方以降は山のねぐらに帰る。」
とのこと。

餌付けをしているため、人間には興味ないらしい。観光客の餌やりはもちろん厳禁なので、サルは人間が餌を持ってないと言う事を経験的に知っているので、寄ってくる事や威嚇することもない。サルは、賢いのでそこらへんは理解し、人間をこわがったり、威嚇するような行動はしない。彼らにとって観光客は、都会の電車の赤の他人なのだ。

サルも餌があれば、人に迷惑をかけずにサルライフをおくる。
一時、日光などで、サルが狼藉を働き、観光客を襲ったりお土産屋さんの商品を奪ったりしたが、それは安易に観光客が餌を与えた事が大きな原因だ。やっぱり人間側にその原因がある。
野生動物を可愛いと思いながら、共存していくためには、人間側の行為に制限を加えて、ルールを守る必要があると切に感じた。
地獄谷サル3

新しいワインカントリー 東御市

ぬーぼー
信州、東御市。現在住んでいる上田市のお隣の市だ。
この東御市がいまオシャレに変貌しつつある。
東御市は、平成の大合併で、東部町と北御牧村が一緒になって誕生した。このエリアは、上田市と小県郡をあわせた上小地域や東信地域と呼ばれてきた。東御市は、浅間山から連なる、烏帽子岳、湯の丸山の中腹から麓に位置している。

かつての東部町(東御市の母体)は、本当に田舎の山村であった。
自分の父方の祖父母、祖先の地であったため、お盆やお正月には祖父母を訪ねて行った。お盆はともかく、正月の里帰り訪問はそれなりに大変だった。
東京からは信越線の急行で上田へ行き、上田駅で信越線の普通列車に乗り継ぎ、1駅戻るかたちで大屋駅に行く。だいたい家族で向かうので、そこからはハイヤーに乗る。家族5人で、ブルーバードなどの中型ハイヤーに乗り込み、ぎゅうぎゅう状態で烏帽子岳の中腹まで登っていく。
降り積もった雪の為、ハイヤーは、祖父母の家の前まで行けないので、手前の谷の反対側で降りて雪の小道を谷まで折りて、沢を渡ってたどりつくのである。

かつて、弟の嫁さんが、彼女は横浜生まれの横浜育ちの都会っ子だが、弟に連れられて初めて行った時に、余りに田舎なので言葉を失い黙ってしまった、という事もあった。それほどかつての東部町は田舎の寒村だった。豊かな自然に溢れた山の斜面の地域で、秋口にはリンゴや木の実をあさりにツキノワクマが頻繁に出没した。

それが、長野自動車道や長野新幹線の開通により様相が変わってきた。しかし、それは当初は、車の普及もあわせて、昔と比べはるかに便利になったくらいの事で、他の田舎が変わってきたのと大差ない変化であった。

数年前、久しぶりにこの地を訪れて、ぶどう畑が広がる中に、なにか雰囲気の違う、おしゃれな建物を見つけた。それはワイナリーであり付属の施設、ショップでありレストランだった。どこかで見たような風景であった。カルフォル二ア、サンタバーバラのワインカントリーのようであり、ニュージランド、ネピアのバインヤ―ドようにみえた。
そこのパーキングには首都圏ナンバーのベンツ、BMWが止まっており、ワイナリーやレストランンには落ち着いた感じの中高年ご夫妻が訪れていた。それが、画家でエッセイストの玉村豊男さんのヴィラデストガーデン&ワイナリーであるのは、その時初めて知った。ちょうど玉村さんは、レストランのギャラリーにいた。

最近、東御市を訪れてみるとさらにいくつかの小さなワイナリーが生まれていた。かつてはキャベツやトマト、リンゴなどの栽培は行われていたが、最近は巨峰などのブドウの栽培が盛んに行われている。とくに巨峰は、地元の特産にもなっている。

質の高いブドウの生産地という利点を生かして東御市では地域活性化政策としてワイン特区という制度を設けた。これは、酒税法上の規制を緩和して小規模でもワイン醸造が行えるというもので、これによりこだわりのあるワインをつくりたいという人達がこの東御市でワイナリーを興し、ワインづくりをはじめたのである。
「今現在、日本でワインに適したいちばん質の良いブドウは、ここ東御産と北海道産なんですよ。」「山梨のワイナリーへもここからブドウを供給しているんです。」とマイクロワイナリーのオーナーは語っている。

そのなかの一つ、Hasumi Farm & Wineryに行ってみた。ここに行くのは3回目だ。オーナーは蓮見さんという多分30代後半くらいの方。6年前に当地に移り住みブドウの栽培を始めて、東御市のワイン特区制度を利用し、昨年ワイナリーを興した。

前回は、シャドネ―とメルローを購入したのだが、美味しかったので、今回も収穫のシーズンも終わったので、何かあるだろうと思い、寄ってみた。期待通り、今年とれたブドウの新酒、ヌーボーがあるというので、早速購入した。ワインというよりスパークリングワインで、まだ熟成中という感じ。いかにも今年のブドウという味わいの、爽やかな風味のワインだった。メルローのスパークリングは初めてだったので新しい味を賞味できた。

蓮見さんは、もともと国内のワイナリーで経験を積み、理想のワインづくりを目指して独立した。 現在奥さんとほとんど2人3脚でブドウ園とワイナリーを経営・営業している。「周辺にはマイクロワイナリーがいくつかできたので、Napa Valleyじゃないけど(千曲)Chikuma Valleyって自分達で呼んでいるんですよ。」と蓮見さんはそう言って笑った。去年は良くなかったけれど、今年はいいぶどうが取れたと言うから、来年の春ごろのワインには期待が持てそうである。

アメリカのワインの産地、Napa, Sonoma や Santa Barbaraなどは、ワイナリーの他にもレストランやSpaやリゾートホテルなどがあり、大人がすこし贅沢しながら、リラックスできる施設や環境が整っている。
この東御の周辺には温泉もあるので、そういったワイン産地のように大人がゆったりと過ごせる地域になっていけたら素晴らしいだろうと、密かに期待している。
Hasumi Winery
Hasumi Farm & Winery

峠の釜めし

DSCF0857.jpg
東京駅には、日本各地を繋ぐ新幹線が到着し、出発していく。
長野は東京からはほんの1時間半で着く。改めて近くなったと思う。

小学生だった頃、信越、上越、北陸、東北方面へは上野駅が玄関口だった。上野駅へは特急、急行、普通列車を含む、多くの長距離列車がホームに入ってきた。この冬の時期には、屋根にこんもりと雪を乗せたまま入線してくる列車もあった。年末の帰省時期には、故郷に戻る多くの家族やスキーを抱えた若人で、ごったがえしていた。

上野駅にはある種の緊張感があった。夢、ふれあい,喜び、故郷への思い、悔しさ、別れの悲しさ、人々への気持ち、それらすべてに溢れた駅だった。
上野駅には異郷への旅立ちのゲートだった。今の成田空港から海外へ旅立つ以上の、張りつめた気分があった。

長野方面には、長野までと金沢まで向かう特急や急行が走っていた。
満杯の列車が慌ただしく上野駅を出て、熊谷駅あたりを過ぎようやく車内も落ち着いてくる。2時間かかってようやく高崎へ。高崎へ来ると、上信越の本当に入口という感じだった。通勤圏となった現在とはだいぶ違う。
高崎からは、難所といわれた碓氷峠を目指していく。少しずつ登っていくので、列車のスピードも少しずつゆっくりになっていく。
高崎から小一時間で、長野へのゲートウエイ、横川に到着。到着するなり満杯の車内から乗客が、急いでホームへ出ていく。または、窓を上に押し上げ目いっぱい開け顔を出す。冷気が車内に駆け込んでくる。皆のお目当ては、元祖、峠の釜めしだ。

横川では、ディーゼルの列車の前後に機関車を接続する。その間の数分が、勝負の時間。買う方も、お弁当屋さんも必死。出発のベルが鳴り終わり列車が出る寸前まで、釜めしの購買は続く。車内に、家族や友達の釜めしを抱えた人たちがやれやれという表情で戻ってくる。横川を出てほどなくすると車内には釜めしのほんのりとした香りが漂ってくる。
皆幸せそうにご飯をほおばる。これが信越本線でみられる定番的なひとこまであった。
そして、どうしても捨てられない釜めしの瀬戸物の容器は、中身のないお土産となってお勝手や縁側にたまっていく。毎年3~4個たまるから結構な数になった。

そんな定番な出来事も、新幹線の開通で終わった。
新幹線は、横川へ止まらないし、お弁当をいただく時間もないくらい早く軽井沢についてしまう。その後峠の釜めしは、長野自動車道のインターチェンジの出口付近や、横川パーキングエリアの売店や、しなの鉄道の一部の駅で手に入る。

でも、オールドファンにとっては、あの横川駅の駅弁売りのおじさんから、先を争って買った峠の釜めしが忘れられない。今思うと、横川駅での数分、あの短い時間によく売りさばけたのだなと思う。買いそびれてつぎのお盆やお正月の帰省まで待たなければならなかった人もいたのではないか。ふとそんな事を思った。

上田駅の、別所線のホーム前の売店でも峠の釜めしは売られている。
さりげなく売られているのが昔っぽく思わず買ってしまった。
また、陶器の入れ物が増えてしまうのだろう。

信州のお蕎麦屋さんめぐり

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信州上田のお蕎麦屋さん巡りも18件目。
今回訪れたのは、更科屋さん。上田駅のメインのお城側出口と反対側の出口の、ひっそりとした住宅街の一角にある、およそ観光客が寄りつかないお店だ。

これまで回ったお店をざっと分析すると上田のお蕎麦屋さんは、おおまかに3タイプに分かれるような気がする。
1つは、昔からある老舗タイプ。数十年前から営業しており、お客さんは地元の人々であったり観光客だったりする。2つ目はお寺や観光スポットに併設またはその近隣にあるお店。お客さんは観光客中心。3つ目は、他で修業したり、脱サラして開店した、こだわりを持ったお店。地元や遠方からの食通がメインのお客さん。

ところが今回の更科屋さん、このどれにも所属しないタイプだ。店構えはさり気なく、しいていえば老舗タイプだが、どう考えても観光客は来そうにない。こういった店は、美味しいか、相当のハズしか、に決まっている。(ここで取り上げたのだからハズしはないのだが)

以前通りかかった際には、暖簾が降りてなく、見た目は営業をしてない風だったので、今回は暖簾が掛かっておりわざわざ歩いてきた甲斐があった。
そんなお店なので、おそるおそる暖簾を分けて中に入った。店内にはいわゆるウナギの寝床より少しばかり広いカウンターと奥に数名収容できる座敷があった。雰囲気は、田舎の居酒屋風。メニューもお蕎麦の他に、お酒メニューがある。夕方からは近所の人々や勤め帰りのサラリーマンのたまり場になるのか。お客さんは、自分以外にもう一人。いかにも常連と言う感じで、御主人と女将さんと言葉を交わしている。

墨字の手書きメニューを見渡して、もりソバとカキ揚げを注文する。サラリーマン風の常連さんがお勘定をすませ出ていくと御主人が話かけてきた。
「ウチの店どうして来たんですか?」うーん、どう答えようか。
場末にあるショボイ感じの店なんで興味がひかれたんです、なんて言えないなあ。
「ええ、前にお店の近くを通ったもんですから。」とあたりさわりなく答えた。
「そうですか、ウチは常連さんがほとんどで、観光のお客さんは少ないんですよ。」
思ったとおりである。

上田に引越したばかりで、時間がある時にお蕎麦屋さん巡りしている旨を話したら、御主人がいろいろ上田のお蕎麦屋さん事情を話してくれた。更科屋さんは、28年くらい前に店を開いた。そのころ市内にはお蕎麦屋さんは数店しかなかったらしい。その後蕎麦ブームが来て一気に30~40店に増えたという事だ。とくに大西屋さん(こだわりのそば粉で打ったお蕎麦が売りの有名店)で修業した人たちが独立して何店か出した時に一気に増えたらしい。

注文したお蕎麦は、やはり信州の田舎蕎麦だった。こしがあり美味しい。よかった、ハズしでなかった、密かに安心した。つゆも程良いしょっぱさのしょう油味で合格! 一緒に頼んだ、カキ揚げは、お袋やお祖母さん作ってくれた家庭風で悪くはない。値段も「ウチはサラリーマンのお客さんが多いので、値段はここ十数年据え置きなのよ。」と女将さんが言うとおり、リーズナブルであった。

事務所の同僚が、上田のそば屋のランク付けをやっている。
上田真田幸村にちなんで、最高点は6点(六文銭)とし、味、雰囲気、接客、居心地の良さなどなど採点して、自分達で楽しみ悦に行っている。いま最高は五文銭(5点)の刀屋さんだ。
自分達は、貧乏庶民なので、味が良くて、お店が豪華でも、居心地が悪く、値段が高いのは評点が低い。B級的な視点でランク付けしているのだ。
「美味しいそばでも、ほんのちょっぴりしかなく、値段が高すぎるのはどうもね。」というのが一致した見解である。
それで今回の更科屋さんは、三文銭(3点)と評価した。そんなに悪くないのである。
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