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トレーニングが必要なわけ

日本におけるスポーツ生理学、筋肉学の第一人者、石井直方先生もおっしゃっていたが、人間は20歳を超えて
何もしないでいると、年に1%づつ筋量は失われていくらしい。
と言う事は、20年間身体を動かさない、使わない生活をしていると40歳になった時点で、筋肉を20%失っていることになる。
筋肉の重さは、少ない人で30%、多い人で40%くらいと言われているので、体重70㎏人の筋量は、21㎏~28㎏くらい。そのうちの20%というのは、4㎏から5.6㎏。単純ににその量の筋肉が20年でなくなってくると言う事だ。

筋量が減るということは、身体を支える機能や運動機能が低下することにつながる。
不思議な事だが、筋肉は、末端の腕とか足の下部より、大事な体幹部から落ちていくという。
大事な部分から落ちていくというのだからたまったものではない。
しかも、筋量が落ちると当然基礎代謝量も落ちるし、新陳代謝も悪くなる。

しかし、それは放っておいて何もしなければの話。
リハビリの専門家の後輩に聞いたところ、人間は70歳になっても80歳になっても筋量は増えるという。トレーニング次第で。

筋肉には、若々しさを保ち活動的にしてくれる男性ホルモンの放出を促進し、脂肪を燃焼するパワーも
ある。
こんなありがたい存在の筋肉。放っておくてはない。

オヤジになろうが、皴が増えようが、白髪がでようが、まだまだ自分こだわっているので、トレーニングを
続けようと思うが。
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日本でのオリンピック開催に向けて

ロンドンオリンピックが終わってもその余韻がまだまだ続いている。
これからは、日本の新たな戦い、2020年東京での開催決定に向けての戦いが本格化する。ロンドンオリンピックで盛り上がった気運がどれだけ招致運動につながっていくのだろうか? 日本にとっての最大の課題は、「国内でどれほど気運が盛り上がるか」「国民がどれだけ支持するか」という内なる不確定要素の克服である。

オリンピックは、ヒトラーのベルリンオリンピック以来、国威発揚の最大のショーになった。特に新興国の場合はなおさらだった。ソウルや北京がそうであったように。1964年の第18回東京オリンピックでもそういう一面があった。戦後の荒廃から立ち直って、奇跡の復興遂げた日本を世界に示す好機であった。

しかし、今や日本は世界でも有数の豊かな国になった。(いまだ本当の豊かさを感じられないのではあるが) その国が、夏季大会2回目の開催を目指す。これまで日本は大阪、名古屋、東京と招致戦に敗れてきた。
今回の開催誘致にあたっては、国際的に見て、その意義をどう表明しプレゼンテーションしていくのか。
前回の東京五輪の誘致戦では、環境、コンパクト五輪のコンセプトを訴えたが、BRICSの一角であり,新興のスポーツ大国でもあるブラジルの勢いを凌駕するには至らなかった。

日本が日本でなければと内外を納得させるためには、新しいスポーツの姿、オリンピックの在り方を提案する必要がある。
とかく国内においては、いまだ経済効果なる概念が幅を利かす。開催して儲かってなんぼの考えである。「外には、国威発揚、内には経済効果」これではこれまでのパラダイムの中での発想でしかなく、次世代につなげるオリンピックにならない。
スポーツの持つ社会への貢献力、平和へ寄与するパワーとメッセージは誰もが認めるもの。それは、我々だけが勝って、メダルを量産して素晴らしいという自国満足のイメージではない。

世界のアスリートが純粋に勝利や未踏の記録を目指す事を、それを日本が誇る「おもてなし」の心で、全力でサポ―トし、ホストする。それに徹する。
そして五輪後のスポーツの在り方をテーマとして掲げる。

オリンピック開催自体が目的ではなく、オリンピック開催後スポーツが世界に人々にどう力を授け、豊かにしていくのか、それを訴えていきたい。そしてそれを具体的に実現させる実施策をスタートさせたい。
スポーツには、社会を、人々を豊かにし、世界平和を目指すパワーがある、スポーツを持続可能な世界の実現のためのインキュベーターとする、全く新しいコンセプトを提案していきたい。
できれば開催主体も当該自治体であれ、国でも企業でもないスポーツを愛する、これらの考えを実現させるNPO的団体が主体となることができれば素晴らしいのだが。

日本でのオリンピック開催は是非実現させたい。それが、新たな我々の平和への誓いの実現とするためにも。

こども達にチャンスを

先日、上田市内にある知的障害者支援施設が運営する小さなカフェに打ち合せで行った。
こじんまりとした店内には、テーブルが3つ置かれて、10数人程が入れるほど。壁には、イラストっぽい絵や抽象画のような絵が十数点飾られていた。こどものような稚拙な絵もあり御世辞にも上手という絵ばかりではないが、中には独特な感覚、タッチの絵もあった。絵画アートの専門家ではないので絵の評価などはできないが、これならTシャツにプリントしても面白いのでは、という絵もあった。

これらの絵は、この支援施設に通ってくる入所者が描いたものだ。この施設のディレクターに聞いたところ、この絵を描いた方々は、言葉ができない、理解できない障害者だという。地道に指導した結果、絵を描くという表現法に出会い、絵を描く事で自己表現している。
根気よく指導される職員の方々の努力には頭の下がる思いだが、絵を描くという自己表現に出会って、知的障害者の方々も、日々成長している。彼らはある面チャンスを与えられたのではないか思う。

子供達が運動しなくなったと良く聞く。正確に言うと運動やスポーツをする子としない子の2つにわかれているという事だ。運動やスポーツをおこなっている子は小さな頃から複数のスポーツを、指導者のもとで楽しんでいる。反面そういうチャンスに恵まれない子はほとんどしない。ましてや昔のように外で遊ぶ機会も減っており外で
身体を動かさない。それは自ら拒否しているのか、それとも回りの環境がそうさせるのか。

本来、子供は外での遊びの中で、走り、飛び、登り、転がりそういった動作の中でごくナチュラルに身体機能を成長させていく。運動やスポーツはそういった遊びを進化させ、ルールや社会性を織り込んだもので子供達はそれを体験することで、身体の成長のみならず人間としての資質を磨いていく。

子供達が運動やスポーツをしなくなった。それはどういう事か。それはかれらが求めるものを提供できていない大人、社会の責任ではないか。経済的に余裕があり、理解のある大人、親の育てられた子供は問題がない。しかし、
理解のない親に育てられた、もしくは不幸にもそういう環境にない子供は、チャンスを与えられない。

社会は豊かになったという。なんでも手に入る。その結果か、ゆとり教育なんていう考えがまかりとおり、教育にもかえって格差が生まれた。

人間の可能性は、無限だと言われる。だがそのスタートというべき時期にチャンスが与えられなければ可能性も生まれない。これは何も、スポーツだけではない。アートでもアカデミックな分野でも、産業技能でも、語学でも、すべての分野にあてはまる。
豊かでない時代であったら、チャンスは自分でつかむもので、それは自己責任であった。しかし現代は豊かな時代(と我々が自ら評している)であり、自然淘汰が当然の弱肉強食の時代ではなく、共生の時代である。

粗悪な環境に育ったから、親が無知、親にネグレクトされたから、だからチャンスが与えられない。そしてそれが次世代へ継承されていってしまう。豊かな時代に存在する矛盾というべき負の連鎖が存在している。

子供達には、せめてスタートラインではチャンスを与えたい。
それは、明らかに我々大人の責務である。
チャンスを与え、厳しくも、優しく育て、共に成長していく。
自分達が成長していくためにも子供達にはほんの少しでもチャンスのきっかけを与えてあげたいと切に思う。
120531_140230.jpg(フォトは記事とは直接関係ありません)

主催したラン&ウォークイベントを終えて

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昨年から11月から準備してきたイベントが無事終わった。
「日本一ユルク、楽しいラン&ウォーキング大会」というテーマのもと準備をすすめてきた「第4回別所線と走ろう、歩こう ラン&ウォーク」というイベントだ。
前年をはるかに上回る400名ほどの方々に参加頂き、しかも参加は長野県以外の他府県からが60%、年齢も幅広い層(85歳から幼児まで)にわたった。描いてきたイベント像に少しづつ近づいてきた事を実感できた。
多くの参加者に「楽しかった。参加して良かった。」と言って頂き、またボランティアスタッフからも「またお手伝いしたい。」という言葉を頂いた。無事に開催できた事と併せて主催者としてこれほど嬉しい事はない。参加者、関係者、ボランティアスタッフすべての方々に心より感謝したい。

イベントはあらためて多くの方々の善意ある気持ちと、ご尽力なくしては上手くいかないと思う。
もちろんコマーシャルベースのイベントならば多くの予算をつぎ込み一定の成果を生むだろう。しかし、地域を盛り上げ、地域の振興、活性化を目的としたイベントは、地域の支援や有志のサポートなくして、お金だけでは成り立たない。また継続していかない。継続しなければ目的の遂行もままならないし、成果も得られない。
イベントはそれなりの経費がかかる。この不況の世の中で、協賛金を出して頂ける企業は少ない。イベントの趣旨には賛同して頂けても予算を割いて頂けることには至らない。「費用対効果が問われてね。」というのが大方の答えだ。(かといって企業が効果的な広告宣伝、販促活動をしているとは思えないのだが)
そのため今は、中小規模のイベントの開催は経費を考えれば厳しいものがある。

しかし、実際人々はイベントに参加する。
都会での、日常生活では味わえない体験と様々な人々との触れ合いを求めてイベントに足を運ぶ。
なにも驚くような仕掛けや、ビッグネームやスターに会えるというような非日常体験を求めているだけではない。ほんのささいな、気持ちが和らぐような自然や人々との出会い、その時間を求めている。
著名なアーティストのコンサートや新しいショッピングモールへ行く事や、巨大な建築物の見学に向かう人も確かに多いが、これらはすべて与えられた受動的体験である。
しかし、我々が行っているいわばミニイベントは、能動的に動いて参加してはじめて体感できる体験である。

今回は少なくとも前回よりは確実に地域に貢献できたと自負しているが、それでもまだまだ反省すべき点や乗り越えるべき課題はある。それを少しでも解決できればより多くの方に喜んで頂けると信じている。
今回の最大の成果は、参加して頂いた方々や運営にかかわったすべての人が、多少なりともイベントの趣旨を共有できたことが大きな成果だったと思う。
P5190723.jpg

相変わらず、この国でのスポーツの扱い

この国において、スポーツとはどういうもの、何なんだろうか?
先日、午後のテレビをなんとなく見ていたら、午後のワイドショーの中でさる記者会見の模様を放映していた。
どうやらスポーツ関係らしい。ボクシング協会のお歴々や関係者がホテルの記者会見場に並び、一大発表があるらしい。世界チャンピオンのビッグマッチのプレス発表か、偉大な選手の引退か。それほどの雰囲気を漂わせていた。
そう思っていたら、なんと女子ボクシングでオリンピック出場を目指している南海キャンディーズのしずちゃんこと、山崎静代さんの記者会見だという。
「そうか、オリンピック出場が決まったか」とおもいきや、頭部の損傷があるかもしれないのでメディカルチェックの結果で「もしかしたら今後競技を続けられなくなるかもしれない」その結果の発表というものだった。
結構な肩すかしだった。

確かに、彼女にとってもし頭部に損傷が認められ、競技を続けられなければゆゆしき事態である。そうなって欲しくない。しかし、冷静に考えてみるとそれを仰々しく記者会見を開いて発表するまでのものなのだろうか?
彼女は、頑張ってオリンピック代表になる事を目指している。しかし、まだ決まったわけでもないし、有望でもない。客観的に見て、オリンピック代表になる道はかなり厳しい。いくら彼女がレベルの高いアスレティックウーマンでも、女子ボクシングの競技人口が少なくても、たかが3~4年の競技経験でのオリンピック出場は難しい。現実に、他にもっと有望で強い女子ボクシング選手はいる。

なぜ、代表にもなっていないアマチュア選手のために大げさな記者会見が開かれるのだろうか。それは、彼女はさる大きな芸能マネージメント会社所属であり、そこそこ名の売れた芸人さんであるからだ。
うがった言い方をすれば、スポーツというイメージを利用した芸人さんのプレゼンテーションでしかない。
「そんな事どうでもいいではないか」「スポーツという機会を利用して儲ければいいではないか」「スポーツを利用して儲けてなにが悪い」
そんな風潮に手を貸して、あおって儲けようとする日本のスポーツ(殆ど芸能)界とメディアとはいったい何なんだろうか?

猫ひろしという芸人さんが、マラソンのカンボジア代表でロンドンオリンピックに出場するかもしれないという。
ベストタイムは、2時間30分あたりだという。日本のどこの市民フルマラソンでも優勝できないタイムである。確かに趣味で走っている市民ランナーのタイムとしては素晴らしい。サブ3である。
しかし、世界のエリートレースで走る資格はない(たとえカンボジアに付与される特別枠であっても)。国籍変更して走ろうがどうか、関係ない。走る資格はない。

芸人さんや芸能人がスポーツを頑張る。それは普通の人が頑張ると同様、素晴らしい事だ。しかし、それはあくまでのアマチュア、趣味レベルの話。
レベルに達してもいないのにトップレベルアスリートと同様の扱いを、そして同じ土俵に上がることなどできないのが世界基準の、純粋なスポーツの世界であるはずだ。

どうやら日本という国では、スポーツはいつまでも芸能の一部で、その域を脱することができないようだ。
オリンピック金メダリストでさえ、お笑い芸人の笑いの種にされたり、「いじられたりlする風潮があるこの国では、いつまでもスポーツは芸能以下のものでしかないのか。
失望を禁じ得ない。

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